目が覚めたら、灰になってた

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 目が覚めると、俺の体は暖炉のような狭い空間の中で真っ白な灰になっていた。  こんな話を聞いた人は口を揃えてまず「はあ?」と言うだろう。俺だって意味が分からない。この経緯に至るまでの道筋を思い出そうと、最早どこにあるのか分からない頭を捻っても何も思い出せないのさ。俺がどういう風に生きていた人間かすら思い出せないのさ。覚えているのはせいぜい自分は人間で、とってもイケてるかっこいい見た目をした男だったという事くらいだ。  でも何も思い出せなくても不思議と怖さはなかった。今考えている事なんて、これじゃあどうやって外を散歩すればいいんだ! という愉快な悩みさ。散歩はいい。広い世界を歩いていると、自分というちっぽけな存在が抱えている悩みなんて、本当に本当にちっぽけなんだという気持ちになって、心底どうでもよくなる。そしてお日様の下で踊りたくなる。いいぞ散歩は。ああ、散歩がしたくなってきたな。どうにか体を動かせないだろうか。  そもそも体の動かし方ってどんなものだっただろうか。うーん。よし、まず自分の体を想像しよう。人間の体を思い出すんだ。まず足があるだろ、そこから踝、ふくらはぎ、膝、太もも、そして股間は……おっと、さすがに下着は履くぞ。俺は文明人だからな。  と、ここまで想像して俺は気が付いた。さっきまで暖炉に転がっていた自分の目線が高くなっている。というか、移動している。どうやら暖炉の外のようだ。下を見れば、想像した形通りの真っ白な足が見える。  おお? 想像したら足が生えたぞ? でも待て、これどこから見てるんだ? まさか股間からか? 今、股間に目がついているのか? それはさすがにクリーチャーじゃないか。みんなのトラウマってやつになってしまう。早く胴体と頭も作らないとな。想像で創造できることは分かった。引き続き想像していこう。  腹筋、胸筋、背筋、鎖骨、上腕二頭筋、肘、手首、手、首……最後は頭。頭は重要だ。俺の顔はどんなものだったかな。そこそこイケてたと思うぞ。髪の毛はばっちりパーマを決めていたし。鼻も整ってたな。唇は主張しすぎない感じで。目はもちろんぱっちり二重だ。眉毛もいい感じに整っていたぞ。輪郭もいい感じにこう、シュッと、していた。うん。これだこれ。これのはずだ。  そうして俺はどこか覚えのある高さで世界を見ていた。下を見れば目の前に逞しい真っ白な胸筋がある。手を挙げてみれば手も動かせた。おお。体が戻ったぞ。骨ばったかっこいい手のひらを目の前に持ってきてよくよく見れば、俺の体はどうやら灰を固めて作られたもののようだった。ふむ。灰人間。アッシュヒューマン。ってところか。新しい知的生命体の誕生か? つまり俺がアッシュヒューマンのアダムって事だな。最高じゃないか。  よし、散歩をしに行こう。ハローワールド。おはよう世界。鼻歌を歌いながら元気よく足を出す。そして記念すべき灰人類第一歩で――俺は盛大に転んでしまった。俺の体は床にぶつかり、無残にも細かい灰となって砕け散らばっていく。ああ! せっかくの体が! なんだこれは!? コントか!?  俺は慌てて自分の体を思い直した。すると散らばった灰が再び集まって俺の体は取り戻される。ふう。危ない危ない。転んだだけで死にかけた。いや、意識はあるから全然死にかけてないか。とはいえ、想像以上にこの灰でできた体は脆いらしい。気をつけないとな。転んだだけで無様な姿を晒すなら、気軽に散歩もしてられない。  仕方がないのでゆっくりと一歩一歩足を踏み出して練習するぞ。はは、まるで生まれたての小鹿ってやつだな。まあ、最初から物事が上手くできる人間などいないからな。努力してこそ天才。天才してこそ努力だ。ん? なんか日本語がおかしいな? まあいいか。  そうして俺は転んでは砕け、転がってはバラバラになりを繰り返し……ついに、歩き方を思い出したぞ! ははは! 苦労したからかなんだか生物の進化について実体験したような達成感があるな! ほらほら、見えるか? 自由に歩けているぞ! ステップもスキップも踏めるぞ! あまりの喜びに思わず手を広げて天を仰ぎたくなるな。ついでにそのままくるくると回ってしまおう。  ふう。さて、お遊びはこれくらいにして。ようやくこの灰にまみれた廃墟から出られるな。割れてるドアとか窓から差し込む光はとても眩しい。絶好の散歩日和だ。よし。いってきます、俺の生まれた場所。もう二度と帰ってくるか分からないけどな。  ……む? よく見たら入り口近くの洗面所に鏡が付いているじゃないか。おお。顔の再現完璧じゃないか。瞳がないし真っ白だからまるで石膏像みたいだが……しかし、やはり俺はイケメンだ。人類が残っているなら俺の事を石膏モデルとして書いてくれてもいいんだぜ、美大を目指す諸君。もしもスマートフォンがこの場にあるなら、自撮りしてSNSに上げたいぐらいだ。きっとバズるぞ。  しかし鏡を見ていて俺は致命的な事実に気が付いた。文明人だぞ。パンツ一丁で外に出るというのは少し己を開放しすぎじゃないか? 文明人ならばもう少しお淑やかに生きるべきだ。服を着ろ、服を! パンツが作れたなら服も想像で作れるだろう! ズボン、靴、シャツ……簡単にこんな感じでいいだろうか。よし、できたな。シンプルでイケてるな。さすが俺。  ふう。散歩に行くだけというのに随分と準備に時間をかけてしまった。服は着た。顔もイケメン。歩く姿はミケランジェロ。財布はない。そもそも金を持っていない。よし、何も問題ないな。もう大丈夫だ。行くぞ。
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