白いスケッチブック

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 そして、翌日。  描いたはずの絵は消えていた。真っ白なスケッチブックをぼんやりと見つめ、何を描いたのだったかなぁ、と考える。 「コラ、ハチ! そっちに行っちゃ駄目よ!」  背後から妻の慌てる声がして咄嗟に横に逃げる。すると、我が家の家族である犬のハチがたった今まで僕が立っていたところに飛び込んできた。 「ハチ……お前はまた膝を狙っていたな」  好奇心旺盛で元気なハチは、どういうわけだかいつも僕の背後から膝を狙って駆けてくることが多い。前に膝かっくんをされて間抜けな声を上げてしまったことがあり、どうやらそれを楽しい遊びだと思っているものらしい。  ボールが跳ねるように部屋に飛びこんだハチは、その勢いのままに机の下まで滑り込んでしまっていた。 「こっちに出てこい」  ころころとした愛嬌のある体を引き寄せて抱き上げる。その際にまた開かれたままのスケッチブックに目が吸い寄せられた。 「どうしたの?」 「ああ……何か絵を描いたはずなんだけど、消えてしまっていて」 「気のせいとかではなく、本当に? 夢の中で描いたものを本当に描いたって思い込んでいるだけかもしれないわよ?」 「そうなのかなぁ……」  俯きかけるとハチの毛が鼻に触れてくしゃみが出た。 「ふふ、まぬけ」 「今日は膝かっくんを免れたからまぬけじゃないぞ」 「三回に一回は喰らっているじゃない。ぜんぶ避けられるようにならないとまぬけ返上にはならないわ」 「いいや、もう二度とまぬけなことにはならないぞ。僕はまぬけから抜け出すんだ」  よくわからない決意を口にすると、「ではその決意を私に示すが良い」と優香が言い出した。 「お主にとっての『強い者』をその紙に記して我に見せるのじゃ」 「一人称変わってるぞ」  調子に乗ってふざける妻に笑ってツッコむ。 「いいから、何か描いて見せてよ。あなたにとっての強い者。また何か描けばいいじゃない」  描いたはずの絵が消えて気にしていることに気遣ってくれたのだろう。有り難く優香の思いつきに乗ることにした。  さてここは先ほどのノリに合わせて子供の頃に憧れた勇者の絵でも描いてみるか、それともいかにも筋骨隆々な大男の絵でも描いてみるか、と思案する。  強い者……。 「――それ、何の絵?」  しばらく描き進めたところで優香が背中側から絵を覗き込んで問いかけてきた。 「手の絵だよ」  大きな手、暖かな腕。 「父親の手だ」  子供が安心して頼りきっていられる、そんな手を持つ父親。――そう、幼い頃に本当に願ったことはきっと、家族に安ぎと心強さを与えられる父親になることだったろう。  それを語ると優香は微笑んでくれた。水彩絵の具で淡く色を付けて、今日は乾かしておくことにした。

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