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――光?
一瞬だったけれど、『それ』と床とが接触した時、そこが、白く発光したように見えた。
……今のは? 何? ――うかがうように、その子の瞳を見つめる。
その子は笑顔のまま、でも、ほんの少しだけ真剣な顔をして、唇を、動かした。
「『それ』で、床をこすってみていただけますか?」
……どうしてなのかは、分からない。
ただ。その言葉を聞いて――なぜだか少し、怖い、と思った。
わたしは、ちょっとだけ躊躇ってから、『それ』を拾って正座をする。
分からない。
……分からない。
……ただ、『何か、怖い事が起こりそうな気がする』。
でも、それ以上に――『そうしなければならない気がする』。
「…………」
ゆっくりと。それでも確実に。
わたしは『それ』を指先で持って、床の上で、す、とすべらせた。
「……わ……」
思わず、声が出る。――やっぱり、けしごむみたい。
きれいな光の線が通る。
すごく幼稚な表現かもしれないけれど、それはまるで魔法のようで――床についていた色たちは、『それ』に吸いつくように消え、白い光になった。
……そして。それと同時に。
――それこそ、文字を消した時に、けしごむのカスが出るみたいに。
わたしの目からは、涙が、ぽろぽろと、あふれ出した。
「……な、に……?」
袖口で、ごしごし目をこする。
それでも、涙は、止めどなくあふれてくる。
これは、何?
ここは、何?
……そんなわたしの思いに答えるように。
その子はささやくような声を出した。
「この場所は、『あなた』です」
返事が、出来ない。
するとその子は、もう1度……今度ははっきりとした声調で、言った。
「この場所は、『あなた』です。
『あなたのすべて』です。
あなたが、あなたの記憶が、あなたの心が、すべてが、ここにあります。
ここは、そういう場所です」
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