犬と少女

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犬と少女

 突然目の前を覆う心地よい感覚・・・・・・。ここは天国か・・・・・・。  顔面全体に広がる柔らかい物体、甘い香り。  ゆっくり目を開けるとそこには、二つの物体があった。こんなに近距離でその物体を見たのは、初めてであった。 「大丈夫ですか?」天使のような優しく甘い声が聞こえる。  俺は、天に召されたのか。名残惜しいが柔らかい物体から少し顔を離して状況を確認する。 目の前には、俺の上に馬乗りのような状態で両手を広げる少女の姿があった、彼女の両腕は、大きな物体を受け止めていた。それは鉄の塊、自動車であった。  桃色の長い髪に、白い肌、この光景に似つかわしくない天使のような微笑。 大きな二つの胸・・・・・・。    俺の顔は彼女の胸に埋もれていた。  ふと、目をそらすと俺の傍らで、シクシク泣いている幼い女の子が、俺の腕にしがみついている。  その女の子を見て、俺は今の状況を招いた原因を思い出した。  いつもの通り、学校へ行く為に、マンションを出た。学校がマンションの目と鼻の先にある為、通学の距離は非常に近い。  そのお蔭もあって、いつも遅刻ギリギリの状態で、生活指導の先生方にも、目をつけられている。通学途中に唯一存在する横断歩道の前で、信号が青に変わるのを待っていた。   目の前を、子犬とそのリードを握る女の子が楽しそうに鼻歌を歌いながら歩いている。 子犬も散歩が楽しいのか、女の子を先導するように、前に進んでいく。  どちらが散歩させてもらっているのか解らないような光景に少し笑みがこぼれる。   今日は、小学校は休みなのかなと考えながら、その様子を眺めていた。 「きゃ!」女の子の小さな悲鳴が聞こえる。  足元に転がっていた空缶につまずき体のバランスを崩したようだ。 体制を整えることに気持ちが集中して、リードを手から離してしまった。  急に自由を手に入れた子犬が、一目散に横断歩道に飛び込んでいった。 「ペロ!」女の子は、子犬の名前と思われる言葉を叫びながら、後を追いかけていった。 信号は赤信号のままだ。 朝の通勤時間ということもあり、沢山の車が走っている。 「危ない!」俺は反射的に、歩道に飛び込み女の子の体を抱き上げた。 激しいクラクションが響く。急に飛び出した子供の姿に驚いたのか、車のドライバーはハンドルを切った。その影響で、後続車の運転が乱れて、俺達は2台の車に挟まれようとしている。 「駄目だ!」 俺は激しく目を瞑りながら、女の子の体を抱きしめた。  激しい衝撃音が響き渡り、誰もが悲惨な状況が頭をかすめた。 その意に反して、俺は心地の良い感触に包まれた。  天使の笑顔を見せた少女は、名も告げずに、少し屈んだかと思うと、ジャンプをして姿を消した。  俺は唖然としながら、その少女のいた場所を見つめ続けた。 「ワン! ワン!」子犬の声で正気に戻る。子犬は飼い主と思われる女の子の手を、しきりに舐め続けていた。 「無事で、よかった・・・・・・・」俺は、子犬と女の子の頭を撫でた。
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