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「死ぬのがそんなに怖いかね?」
医者の手は、執拗にゴマひげをこすっていた。そのせいで浅黒い顎には、垢なのかよくわからない、正体不明の粉が吹き散っていた。顎をそうやって丁寧にこねているその手の上にも、ねじれて固くなった粉のかたまりが付着していた。指と指の間に、白い点々が乗っているという、そういう感じ。医者は自分の癖を不潔だとも思ってなさそうだった。この時点で医者の良し悪しを測るには十分な材料があったというのに、私は彼に自己の悩みを打ち明けるしかない、と思い込んでしまっていた。
間抜けな私!
全く哀れなものだ。
「はい。死ぬのが怖くて眠れません」
「つまり、眠ったら死んじゃうと思って、眠れない?」
「いえ。自分の心が死という概念と闘っているので、いつまでも現実の身体に戻ってこれないのです」
「概念と闘って、疲弊しないのかい?」
「しません。脳は概念の道具ですから、心が闘う限り、身体は眠りません」
「君は不要な闘いをしているね」
「そうみたいです」
「その闘いをやめたいのだね?」
「そうなんです」
「わかった。一切を任せなさい」
医者は立ち上がって、手についた粉を白衣の裾にこすりつけた。証拠隠滅。悪徳政権がしばしばそうする「揉み消し」という技だ。この胡散臭い医者は、胡散臭いガラス瓶を戸棚から掴んで取り出すと、その蓋と戦闘を開始した。なかなか開かない、頑丈な蓋のようだ。彼は見た目のわりに小さな手のひらで、蓋を鷲掴みにして、ひねろうとしているが、それはなかなか難しい挑戦だ。額をぬめぬめと光らせながら、医者は平然と問診を続けた。
「君は優れているので、優れた治療を施さねばならぬ。ところで、死はどれほど怖いかね」
「どれほど……? そうですね、これくらいです」
私は両手を目一杯広げて見せた。身体による表現である。
「なんだ、それくらいかね。大したことないじゃないか。治療はやめにしよう」
「蓋が開けられないからですか?」
「まさか! 医学は瓶の蓋に構っていられない、それが全ての不幸のもとなのだ。……まぁいい。今度は正直に教えてくれたまえ。君の死の恐怖はどれぐらいなのかね」
「宇宙が消えてなくなることよりも、己の死ぬことの方が怖いです」
「それはいかなる理由で?」
「宇宙の死が、私の死と必然的に結びつくのかどこまでも承知できないからです。霊魂となって意識は続くかもしれません。そして、その状態においてもなお、死は魂につきまといます。私は自分の死の恐怖と永遠に向き合わなければなりません。考えても考えなくても、ゾッとする恐怖です」
「素晴らしい! 素晴らしいね、君よ。蓋が開いたぞ」
「それはよかったです。その瓶に入っている粉末で、私は治るのですか」
「治るとも。この画期的な方法でね」
医者は粘り気の強そうな汗を、顎の先から一滴ずつ垂らして作業を進めた。
私の記憶によると、「なぜか少し濡れている」粉末を飲んだあと、診察台で横になった。それから、「さぁ、死が見えてくるぞ!」という謎めいた声を聞いた。
……ところまでは覚えている。後は定かでない。
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