>身体剥奪<

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 彼女は打ち明けにくいことを秘めているらしかった。私はもしかすると、今のこの状況は、彼女によるいたずらなのではないかと一瞬希望を見た。だから半ば願うように尋ねてみた。 「もしかして、何か不思議な魔法でもやったのですね?」 「へえ? いや、そうじゃなくて。あなたを拘束してるんですよ」 「拘束? しかし、拘束器具の感触も何もないですよ」 「そうですか。不思議ですね。でもそんなことはどうでもいいのです。あたしはあなたみたいな、目の見えない人間が大好きなんです。大大大好きなんです。感情があふれて抑えきれないんです。ずっと、ずっと、盲目の男の子を探していました。あなたは、もう、それはそれは、夢みたいにぴったりで、あなたが生きて現れてくれたことが奇跡でした。あなたは嬉しくない出会いと言いましたが、あたしにとってはそんなことどうでもいいのです。あたしにとって本質的なことは、あなたが特別なときに喜んでくれることです。刺激に対してあなたが特別な反応をしてくれることです。わかってもらう必要はありません。なぜなら、あなたはこれから実感することになるでしょうから。ゆっくりでいいんです。……ごめんなさい。やっぱり……自分勝手ですよね」  私にはもう何が何だかわからなくなっていた。世界がそうなったように、彼女もまた謎そのものに変わってしまった。私の欲していた回答が、とんでもない回答によって上書きされた上に、彼女の息の荒い興奮が何に由来し、何を求めているのか、理解が及ばず、ここに来て思考はつんざくような悲鳴を上げていた。  私の肉体は、彼女に触れられたときにだけ、反応し、確かめられる。そう、既に私は彼女に包まれてしまったのだ。支配されたのだ、すっぽりと、着ぐるみを被って内側から着ぐるみを眺めるように、彼女を被らされて、彼女を内側から眺めている。その眺めは死の色をしている。そう、遂に、私は逃げ場を失った。  棺桶だ。自分は棺桶に入っている骨だ。自分は骨になったのに、まだ肉があると信じ込んでいる、空っぽの死体なのだ。  死んだのか? 私は? 肉体の主体であることをやめて、私はもう死んでしまったというのか?  なのに全然怖くないぞ。  そんなこと最初からわかりきってることじゃないか。  現実に私がどうなろうとも、私が怖れていることはそのうちにあるのではないのだ。私が怖れているのは、「この赤がある」ということそれ自体なんだ。私は「死があること」それ自体に怯えていたのであって、「死がどのように与えられるか」なんてどうでもよかったのだ。  そんなこと始めからわかっていたことじゃないか?   彼女にどうされようと、どうだっていい! どうだっていいんだ……。好きにしてくれ! どうとでもしてくれ!  見えない身体に向かって、私はそう叫んだ。
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