孤鳥

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 目を開けば、見えるのは白い天井。白のカーテン。白く輝く蛍光灯。白ばかりの空間は些か目に悪い。  しかし、随分と白い空間だ。私が入っているこのベッドの上にある寝具も全て白。着ている服は…………水色か。こんな白ばかりの中で水色の服では目立って仕方ない。  ベッドの上で首だけを動かし、窓の外を見る。見える世界は狭い。  屋上に孤独な鳥がいる。ゆっくりとその鳥が弧を描き、落ちていく。地面に近いところで急に進む方向を変え、私の見える世界の外へと消えていった。  まるで、飛び降り自殺をする人間だ。といっても実際に飛び降りをする人を見たことはない。  ……自殺をする人間に見えたのは、羽を広げた鳥が両腕を広げた人間に見えたからだ。  だがそもそも、飛び降り自殺をするときに人間は両腕を広げるのだろうか。なにか有名なフィクションのせいで強くイメージ付けられているだけなのかもしれないし、本能的なものでそう脳に焼き付いているだけなのかもしれない。少しだけ気になるものの、特段調べる気力は湧かなかった。 「あ、起きたんだ」  窓の反対側から声がする。誰かがベッドの側に立っていた。 「人って飛び降りするとき、やっぱり怖くて少しはためらうんだよねェ。もしくはァ、自分が飛び降りることをアピールする。これってどうしてだと思う?」  腹の立つ声……いや、話し方か。 「それはねェ、無意識的に救済を求めてるんだ。飛び降りする人は本気でもう死んで終わらせようって思ってる。でもさ、それならすっと飛んじゃえばお望み通りでしょ? でもしない。それは本人も気づかないところで、ヒーローのような、自分を助けてくれる、必要としてくれる人間が現れるかもしれないって思ってるから。特に誰かが死のうとしているような劇的な場面では、って」  救済を求めるのは当然だ。特に、自殺まで追い詰められてしまったような人間には。 「じゃあ次の疑問に。どうして飛び降りのときって腕を広げるんだろうねェ。おや、こっちが知りたいって顔してる。じゃあ教えてあげよう。といっても私は専門家じゃないのであくまで推察に過ぎないけどねェ」  自殺というものに関して話しているというのにニヤニヤと笑う顔も癪に障る。 「まず飛び降りって落ちる方に顔向ける? それとも後ろに落ちてく? なんとなーく、腕を広げるのって後ろ向きに落ちるときじゃないかなァ?」  言われてみればそうだ。しかし、正しいことを言っているらしいのが余計に腹が立つ。 「重心が後ろに移動するんだよねェ。勝手に倒れちゃう感じでいけちゃう。ほら。なんで知ってるのって……やったことあるからねェ」  そう言うと腕を広げ、寝ている私のベッドに向かって後ろ向きに倒れた。割りと勢いがあったけれど、少しも痛くない。 「ほらね。もし足がすくんだりしてもこれなら飛べるってこと。それに後ろ向きなら落ちる方向を見ずに済むから気が楽なんだろうねェ。その理屈でいけば、覚悟決まってる人は進むままで前向きにぴょんといっちゃうんじゃない?」  だとすれば、私が飛び降り自殺をしたときには両腕を広げていなかったのかもしれない。
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