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ここは僕の世界じゃない。
そう気づいたのは、目に映る闇しか見えなかったからかもしれない。
見上げても、黒、全ては黒だ。
全てを飲み込むかのように唯々黒かった。
まさに闇。
闇が全てとさえ感じる。
しかし、全てが闇ではない。
目線を下げると白い地平線が見えた。
モノクロームの上下。
気になって足元を見ようとした時、背後に気配を感じた。
振り返るより先に声が聞こえる。
「レディースエンドジェントルメン!我らが世界の救世主たる来客者を歓迎しようではありませんか!」
振り向くと派手な色彩の燕尾服を着た男が両手を広げ、黒い空を見上げていた。
僕は、一瞬何が起こっているか理解に苦しんだ。
そしてさらに混乱は助長される事になる。
ゆっくりと顔を僕に向けた男は、燕尾服と同じ色彩のシルクハットをかぶり、顔にも様々な色彩を施していた。
まるでピエロ、いや、ピエロの方がおとなしく見える程に様々な色に満ちている。
男はシルクハットを取って一礼する。
僕も思わず会釈しようととすると男は僕に抱き付く。
「お待ちしておりました。心待ちに。歓迎いたします」
気持ちは分かったけど、男に抱き付かれるのは等と思っていると。
「では友好の印に口づけを」
男はそう言いい唇を。
嫌だ、僕はそういう趣味はない。
まさに僕の唇と男の唇が近づいてゆき、耐えられなくなって「お願いだから止めて下さい!」と叫びそうになった瞬間、男は抱いていた手を振り解き、数歩下がる。
「友好の印ではあるのですが、生憎、私、男性とそのような事をする趣味はないので失敬」
男は、笑みを浮かべ会釈する。
それはこっちの台詞だと言い返したかった。
「わかりました」
と答えるのが精一杯な僕。
それに、今の訳の分からない状況を何とかする方が先だし、特にこの男は危険だ。
さっきの行動でわかる。
僕の一番苦手なタイプの人間。
これ以上関わりたくはないと感じた僕は、取り敢えず一番ありがちな脱出方法を試みる事にした。
頬をつねる。
夢なら醒める筈だ。
男はあの言葉の後、にこにこして僕を見ている。
僕も愛想笑いを浮かべ、行動を起こした。
醒めろ夢。
頬をつねる瞬間。
「夢じゃありませんから」
「イタッ」
頬に痛みが走る。
夢じゃない!
じゃあここはどこ、何なの?
「いわゆる異世界、いや、平行世界と呼ぶ方が正しいのかも」
「え?」
余りの展開に僕は思わず口走り絶望した。
いきなり異世界とか平行世界とか言われても、どうしてここにいるのか?どうやったら帰れるのか?もう何をどうすればいいかもわからない。
「余り時間はありませんが、色々とご説明しておく必要がありますので」
男が右手で指を鳴らすと、ボールの一部を抉ったような物体が現れた。
色彩は男の衣装と同じ、少し趣味が悪いと感じる。
「私の趣味ですので、この椅子は」
男は笑った。
「どうぞ」
にこやかに椅子を進める。
「いえ、そういう気分では」
そうだ、落ち着いていられる筈がない。
「では、このまま続けましょう。貴方はこの世界を見て、何もない黒と白の世界と感じている。ですが、ご覧になって下さい。周りを、貴方の周りでもいい、いや今見ている場所でも結構。よくご覧になって下さい」
点在する突起、いや、不自然なくぼみ、違う、一面の白い地平線には形がある、それはある種。
「そう、ここは街、いや、街だった。そしてあなたや私の立つ場所には」
僕は足元を見た、白い大地のように見えていたが、実際は硬質な薄い乳白色の板の中で白いもやの様なものが蠢いていた。
もやは絶えず動き回り、時折、内部を浮かび上がらせる。
目を凝らし、浮かび上がったものを見て僕は驚いた。
「人!」
「そうです。この世界の住人達、いや住人達だけではない。この世界全てが飲み込まれた。このダスト・キューブに、私一人を除いて」
言葉の最後で、シルクハットを目深にかぶる男。
僕は、その最後の一言で男の心に触れたように感じ胸が痛くなった。
だが、同時に疑問が浮かぶ、何故そんな事になったのかと。
「話せば長くなります。だから、要点だけ。世界はつながっているんですよ。新名の世界とここが。だが、正確には、世界がリンクしている訳ではない。どちらかと言うと、脳、いや、精神、それもいうなれば」
男は僕の胸を指さす。
「心、そう貴方達の心の有り様がこの世界に破滅をもたらした」
言葉が胸を貫く、少しづつ呼吸が乱れてゆく。
僕が僕達がこの世界をこんな風にしてしまったという罪悪感と、胸を指さした男の目に怒りと憎悪が宿っているように感じたから。
異世界に一人の僕、この世界にただ一人の男。
何がこの因果を呼び寄せたのか、何がこれから起こるのかと想像するだけで恐怖だけが増大してゆく。
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