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【53】「坂東」11
秋月六花の話はこうだ。
R医大病院へ現れた井垣哉子と天正堂の土井零落は、下界へ降りた二神七権の足取りを追う過程でその情報を手に入れたのだと言う。そして秋月六花の口からは、俺の部下である井垣と天正堂の土井が実は親子であるという突拍子もない話まで飛び出した。だが正直言って、後でいくらでも洗い直せる二人の身辺など今はどうでも良かった。この話を聞いて俺が癪に障ったのは、どうやって有紀の所持していたボイスレコーダーを部外者である土井零落が手に出来たのかと言うその理由に、俺の部下が関わっていた事だ。
――― だったらなぜ、井垣はこの俺にその情報を真っ先に回して来なかったのか。なぜ秋月六花なのか。
この点が俺の思考を完全に堰き止めた。「井垣哉子を名乗る別人かもしれない。そんな情報は聞くに値しない」と一度は突っぱねかけたが、やはり聞くだけ聞いてみようと思い直した。今しがた別れたばかりの小原さんのことを思えば、個人的な苛立ちは抑えてしかるべきだと判断したためだ。
ボイスレコーダーに収録されていた有紀と斑鳩の会話は、以下の通りである。
『……どこ? どこ行ってたって?』
『美晴台っす。知ってます? 場所』
『ああ……でもなんでまた。知り合いでもいるのか?』
『ああーいやー、そういうんじゃないんすよ』
『お前今日非番じゃないの分かってるだろう。あまり勝手な行動をとるなよ』
『間に合ったじゃないっすかー、硬いなー有紀さんはー』
『お前が適当なんだよ、全然間に合ってないからな、遊んでる暇なんてないんだぞ。もうこんな時間じゃないかよ、ったく』
『分かってますよ俺だってそんくらい。だけど、どうしても自分の手で調べたいんです』
『何をだよ』
『……馬淵さんが……死んだ理由っす』
『馬淵? ……馬淵と美晴台に何か関係があるのか?』
『よく分かんないっす。……なんか』
『はあ?』
『あった気がするんですよー……確かぁ』
『へ? 寝ぼけてんのかお前』
『なんかー……。うーん……。よく分かんないっすけどー』
『さっきから何言ってんだよ斑鳩。今日、美晴台に行ってきたんだろ? 何調べてたんだよ。馬淵とどう関係があったんだ?』
『えあーー……どうだったっすかねえ……』
『……なんだお前、ふざける気か?』
『ええー? いやー、あれーえ? え、なんか、馬淵さんが調べてたんすよ、確か。あそこにある……なんとかって団地を』
『団地?』
『あのー……今から二神七権のとこ行きません?』
『はあ!?仕事だって言ってるだろ!』
『あの人に会って、話を聞かないといけない気が……します』
『……おい、斑鳩お前、大丈夫か?』
『……』
『おい?』
『すんません、分かんないっす。なんか、涙出ちゃって。ちょっと、とりあえず二神さんに会った方が良い気がするんで、今日だけ付き合ってください』
『今から行っても夜中になるし迷惑だろ。しかもお前、あの爺様の家がある場所って』
『行くんですよ今から!!じゃないと俺!!』
『……なんだよ』
『……分かりません。お願いします……』
『お願いったって』
『助けてください……馬淵さん』
『……斑鳩?』
秋月六花は二人の会話が録音されたボイスレコーダの音声を、携帯電話の送話口に当てて聞かせてくれた。会話の再生が終了された後、秋月六花は静かに自分の意見を述べた。
斑鳩は馬淵の死後ずっと、個人的に馬淵の死の原因を探っていたのではないだろうか。やがて、死んだ馬淵が崖団地について調査を行っていた事実を突き止めた。そして斑鳩が単身馬淵の足取りを追った結果、此度の事件に繋がる呪いを受けてしまった……そういうことではないだろうか。
「あの野郎ッ!」
俺は携帯電話を耳から遠ざけて叫んだ。正直、秋月六花の推測は俺の頭の中の奥深くまで入って来なかった。有紀に対するあまりの怒りに我を忘れ、周囲の音を遮断してしまっていたらしい。
――― 何が色々あるだよ馬鹿野郎。今回の事件より先に崖団地に行ってんじゃねえかよッ!どうして俺にその話をしなかったんだッ! 何故なんだ有紀ッ!
「バンビ、聞こえてる!?」
頭に血が上った俺の意識を捕まえようと、必死に呼びかける秋月六花の声がようやく俺の鼓膜に届いた。
「……はい」
「さっきの話なんだけど」
「さっき?」
「柳さん家の奈緒子ちゃん。言いたくはないけど……良い子だったよ?」
「聞きたくないっすね、そういう話は」
「分かってる。あんたの立場なら私だってそう言うよ。あんたが怪しむからにはちゃんとした理由があるんだろう、だけど……向こうにだって理由はあるんじゃないかな」
「姉さん。そいつは言いっこなしです。理由があれば何をやっても許されるわけじゃない」
「分かってるよそんなこと!」
「じゃあ、あんた、同じことをめいに向かって言えますか?」
「……やめろよ、めいの話は」
「俺はね、姉さん。もし万が一めいに何かあったら、そんときゃあ」
「やめろ……」
「美晴台の奴らに片っ端しから拳銃突きつけて洗いざらい」
「やめろって言ってるだろッ!」
「……」
「バンビ聞いて。敵の正体が、霊能者じゃない可能性があるんだろ?」
「あくまで可能性です」
「だけどもしその話が真実だとしたら、それこそ、これ以上美晴台へ踏み込むのはまずいんじゃないか?」
「どうして」
「そもそも私たちがあの場所を訪れた理由は、希璃の夢に出て来た御曲りさんの事を調べる為だった。希璃が住んでた当時、あの崖団地で何が起きていたのか、それを調べる為だった。言ってしまえば、二十年以上前に起きた過去の出来事だ。今回の事件とどうつながりがあるのかないのか、そこも良く分からない。もしまだこれ以上調べるのであれば、当時から村に住んでる一般市民を頼らざるを得ない。つまりそれは、話を聞く人間全員を疑うことになる」
「……」
「それにここへ来て、色んな奴らの思惑があの美晴台って場所に向かって流れ込んでる気がするんだよ。馬淵の死や、斑鳩が受けた呪い、私やめいを襲った傀儡、あんたが怪しいと睨む柳の家。そして、御曲りさん、崖団地、消えた二神七権の行方……」
「姉さんの言いたい事は分かります。もしかしたら、敵は美晴台と関係のある人間、もしくは住人かもしれません。だがその可能性は最初からゼロじゃなかった」
「でしょう?」
「だからこそです。だからこそ、全体像が見えるまで徹底的に調べ尽くす必要があるんです。もし本当にあの場所に何らかの因縁があるんなら、関わった人間全員を洗って美晴台との共通点を探し出すまでです」
「だけどさ」
「危険だからやらないなんて、俺が言うと思いますか?」
「……」
「新開がそれに賛成すると思いますか?」
「それは……」
「俺は今から正脇汐莉に話を聞きに行きます。その後、新開たちを追って美晴台へ向かいます」
「俺はって、小原さんは?」
「じゃあ、切りますね」
「もうK病院の調査は終わったの?」
「何かあったらすぐに電話下さい。じゃあ」
「はあっ!?おい、バンビ!」
その後、俺は車で移動しながら新開へも電話を掛けた。
思った通り、新開はすぐに出た。
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