2.衝撃の告知

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2.衝撃の告知

 その知らせは、聞きたくなかった。竜高は心底そう思った。 「斉藤さん。冗談でしょ?」 「残念ながら」  即座に否定される。 「勘弁してよ……」  思わず竜高は、両手で顔を覆った。ものすごく嫌な知らせを持ってきたのは、竜高が幼少の頃から忠実に付き従ってきた執事だった。  豊かな口ひげを生やした壮年の男性で、どんな時も常に竜高に寄り添い、心身共にサポートをしてくれた。単なる雇用を越えた信頼関係は、まさに忠臣と形容できるであろう。  そんな彼は今、若き主人に向き合い、残酷な報告をしていたのだった。  無論、伝える側としても心苦しい限りだった。だが、遅かれ早かれ、いずれわかってしまうことなのだ。ならば、少しでも早い方がいい。例えそれが、どんなに残酷な知らせだったとしてもだ。時というものは、黄金よりも貴重なものなのだから。 「何でなんだ」 「人生とは、時として理不尽なものでございます」  そうとしか言いようがない。 「あいつは、煙草は吸わないし酒も殆ど飲まない。やけに物堅い男なんだよ?」  それが何でだ? 理不尽さに竜高は憤った。 「ええ。存じております」  浩治の様態は、末期の肺癌だった。もはや、手の尽くしようがないレベルに達している。それが、執事の口から語られた事実だった。  竜高はこの前の夜に、電話で浩治と会話をしたときのことを思い出す。 『んで。お前、どこに入院するの?』 『川辺メディカルセンター』 『あぁ? 何だ、うちじゃないか』  浩治が、川辺グループが関わっている病院に入院すると聞いて、竜高は冗談交じりに言ったものだ。 『そういうことなら、後でこっそりとカルテを見させてもらおうかな?』 『はっはっはっ。別に、見られて減るもんじゃねーし。……あー。採血とか注射とかは、上手い人だと助かるなー。なんてな。贅沢は言えないか』 『いやいや。あそこはベテラン揃いだから大丈夫だよ』  それがよりによって、こんな事になるとは。 「もって二ヶ月、といったところのようです」  早い。あまりにも、早すぎる。 「何であいつが、死ななきゃならないんだ!」  世の中には不摂生している奴など、ごまんといることだろう。それなのになぜだ?  大企業のトップに立つだけの胆力を備えた竜高も、流石にこの知らせは精神的に堪えた。斉藤も、気落ちする主人に対して、かける言葉をみつけられなかった。 「こんなのって、ないよ……」  思えば、浩治とはいっぱい遊んだ。自分が知らない、いろいろな事を教えてくれた。立場や育ちを一切気にすることなく、分け隔てなく、ありのままに接してくれた。  竜高は、大切な親友に、逃れようの無い死が間もなく訪れることを知ってしまった。  もはや、何もできない。助けてあげることも。脱力して俯く竜高のため息は、重かった。 「俺の数少ない、本当の友達なんだよ……」  気兼ねなく接することのできる親友が、この世から今にもいなくなくなろうとしている。喪失感は計り知れなかった。 ◇ ◇ ◇ ◇ 「なあたっつん」 「ああ」 「話してくれて、ありがとな」 「……」  浩治もどこか、予感があったのかもしれない。この体の異常は、まともではないのではないかと気づいていたのだろう。  俺は、あとどれくらい生きていられるんだ? 竜高が病室に見舞いに行くなり、浩治はあっさりとそう切り出した。  何を言っているんだ? ただの風邪だろ? と、シラをきっても無駄だった。  浩治から、本当の診断結果を教えてくれよと問い詰められて、結局竜高は諦めて全てを話すことになった。 「そんな深刻そうな顔をすんなよ。お前が死ぬ訳じゃないんだから」 「深刻そうな顔をするのはお前の方だろ? 何でそんな、落ち着いていられるんだ」  事実を知っても、浩治は泣き叫んだり落ち込んだり、取り乱すこともなかった。そのことが、竜高をかえって落ちつかせた。もしかすると、呆れていたのかもしれない。 「遅かれ早かれ、人はいつか死ぬ。俺の場合たまたまそれがちょっとばかり早かっただけだ。それだけのことだよ」 「達観しすぎだよ、そんなの。仙人じゃねーんだから。何悟ってんだ」 「かもなー」  浩治は幼少の頃から、極貧の生活を強いられてきた。  その中で彼は、どうせ無意味な人生なのだから、少しでも肩の力を抜こうと思った。思い切って開き直りでもしなければ、やっていられなかったのかもしれない。  決して、投げやりになっていたわけではない。いつ死んでもいいやとか、そんな風に思ったりはしなかった。ただ、気楽に生きてみようと思ったのだ。 「体、痛くないのか?」 「今はまだ、大したことはない。いずれ痛くなってきたら、モルヒネでも打ってもらうさ。酸素呼吸器とボンベをガラガラ引いてな」  そうして最後は、眠るように逝くのだ。痛みに苛まれることもない。 「苦しんで死ぬよりゃ、はるかにいい」  それが彼にとって、せめてもの救いだっただろうか。
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