4.バカげた夢

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4.バカげた夢

「コージ。見舞いに来てやったぞ」 「うーっす。サンキュな」  浩治の病室に、竜高は今日もやって来た。  目的はちゃんとある。この所ずっと、考えてきた話をするのだ。 「なぁコージ」 「何だ?」 「今から俺は、とてつもなくバカげた話をする。我ながら、突っ込みどころは満載なんだが、とりあえず聞いてもらえないか?」 「わかった。拝聴しよう」  こういう時、浩治は決まって最後まで真面目に聞いてくれるのだ。昔からそれは変わらない。  竜高の話を要約すると、こうだ。 「コージ。お前さ。前に、火星に行ってみたいって言ってたよな」  ああ、そういえばそんなことも言ったかなと、浩治は頷いた。 「あれ。もしかしたら実現できるかもしれない。って言ったら、どうする?」 「そりゃ勿論、行かせてもらいたい」  浩治は言った。  ま、そうだろうなと頷きながら、竜高は話を続けた。  川辺グループの中には、宇宙開発に関わっている会社も大小様々、多数あった。中には例えば、国際宇宙ステーションのメンテナンスに携わっていたり、アメリカ航空宇宙局に技術を提供していたりするという、ハイレベルな業務を行っているところもあった。  竜高はかつて、その中の一社が自分に出してきた提案書を思い出していたのだ。確か、宇宙開発における研究を行っている、小さなベンチャー企業だっただろうか。  それは、前人未踏の地である火星に人を送り込むという、壮大な計画だった。 「アホか、とその時は思ったんだがな」  夢はあるが、無謀でもあった。そして明らかに、金食い虫の臭いがする案件だ。採算など、最初から念頭に置かれていないだろう。そもそも、それをやる意義は何か? とてつもないリスクを背負って、何のために火星を目指すのか? 安全性は担保されているのか? 突っこみどころをあげていったら、キリがない。 「ロマンだなぁ」 「そうだ。完全にロマンだ。けれど、純民間資本で火星に無人探査機を飛ばすというプロジェクトは、それとは別にあってさ。実現段階にあったりするんだなこれが」 「人が行くとなると、ハードルが高そうだね」 「まぁ、やってみる口実はいくらでもあるさ」  地球の人口増加。深刻な環境悪化。やがて訪れるであろう資源の枯渇と、それに伴う紛争の多発。様々な諸問題に対処するために、宇宙開発は絶対に必要なことであると、提案書には記されていた。無論そんな事は、誰だってわかっている。  結局、実現性に乏しい机上の空論だと評されて、提案書は案の定お蔵入りと相成った。 「で。ふと思い立ち、今になってあれを引っ張り出してみて、色々検討してみたんだが。今の科学力でもな。一応、できなくはないんだ。ただし」  有人探査の場合、帰還が絶対的に難しい。乗員の安全性をどうやっても担保できないのだ。  強引にやるにしても完全な片道切符であり、人命が関わっているから、人道的にも大きな問題がある。 「そこでだな」  ここでもう一つの可能性が、竜高には示されていた。  まだ不完全なものではあるけどねと、竜高は前置きをした。  川辺グループに所属する研究機関にて、冷凍冬眠(コールドスリープ)と呼ばれる、最先端の冷凍保存技術を持つ企業があった。 「SFの世界だな」 「まったくだ」  宇宙開発とコールドスリープ。それらを組み合わせることは、理屈の上ではできると、竜高は言った。 「はっきり言っておくが、コールドスリープも、それを宇宙で運用するってのも、知見がまるで足りてない。人体実験に等しい所業だ」 「……つまり何か? 俺の体を冷凍冬眠状態にして、荷物のように探査機に格納してもらって、ロケットで打ち上げて、寝てる間にたどり着けたらラッキーってところか?」 「そうだ。……冷凍冬眠ならお前の病気の進行も、一時的ではあるけれど抑えられるしな。どこまでコントロール出来るか、わかったもんじゃないが。我ながら、バカげてるな。そして、無責任な事を言っているとわかっている」  面白いじゃないかと、浩治は思った。  生きて地球に戻ることは二度とできないだろう。そして、当然の事ながらミッションが失敗する可能性だってある。宇宙のチリとなったり、あるいは宇宙空間を永遠に漂うことすらあり得る。  竜高に対して、それでもいいぞと浩治は言い切った。 「最高じゃないか、それ」  悪ガキが交わすようなバカげた話は、いつだって最高に楽しいものなのだ。  普通ならば、馬鹿話はそのままで終わるものだ。それが、そうじゃない。金にものを言わせ、ガチでやろうとしているのだ。 「マジかよ? こんな怪しげなホラ話に飛びつくんか? お前、正気か?」 「ったりめーだろ。どうせ死ぬのなら、最後は面白くいきたいものだ」  それを実現できるかもしれないとしたら? その時は飛びつくに決まっている。浩治は心の底から笑った。竜高もまた、仕方ないかと笑った。 「てか。川辺グループもそんなイロモノ企業を抱えていたりするんだ? もっとこう、お堅い印象があったんだが」 「ああ。何が役立つかなんて、そんなことは誰にもわからないものでさ。自由に研究するような発想は、いつだって必要なんだよ。ある程度の余剰予算と、才能のある研究者を集めて、やらせているんだ。うちの伝統みたいなもんだな」 「そっか。まぁ、俺はその話に乗るぞ」 「わかった。じゃあ、俺も本気でやるからな? びびって逃げるなら今のうちだぞ?」 「ぜってー逃げねーよ」  これから、忙しくなることだろう。  こうして、悪ガキ二名のたくらみによる、前代未聞の一大大馬鹿プロジェクトが開始されるのだった。
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