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釈明、そして同行
ユウが振り向くと、そこには一人の細身の女性が。
ユウより少し年上のようにも見える。長い黒髪に包まれた細い顔にはなぜか疲労感が見え隠れして、そこに並ぶ半開きの目がユウをまっすぐにとらえていた。真っ白なワンピースのような服を着ているが、ユウには白く見えるだけできっと鮮やかな色をしているのだろう。
「あ、もしかして目が見えなくなったとか?さっきから5円とか入れてるし」
50円玉だと思っていたのが、まさか5円玉だったとは、とユウの顔がカッと熱くなる。ボタンを押しても反応がないわけだ。
「いや、その……」
「困ってるなら病院に電話しようか?それがいいね、そうしよう」
「待ってください!」
強引にユウを引っ張っていこうとする女性の手を振りほどいた。たたらを踏んだ女性は驚いた顔でユウを見つめ返す。
「何?困っているんじゃないの?」
視線に気付いた女性は大きく息を吐いて、少しイライラした声で問い詰めるように言った。
「確かにそれもそうなんですが……それよりも僕、どうしても行かなければいけない場所があるんです!」
「目が不自由な人が一人でどこに行けるっていうの?」
やけにズバズバ切り込んでくる人だ。自分が苦手とするタイプだな、とユウは内心で渋い表情をした。中学校のクラスにいた、性別関わらずに距離感がやけに近い女の子を思い出した。
それからユウは女性に問い詰められ、一つずつ小石を拾うように話し始めた。
目の病気のこと。
それが進行して残り僅かな色しか認識できないこと。
最後に沖縄の海を見ておきたいこと。
どれだけ今の状況が伝えられたかわからないが、ユウがたどたどしく説明している間も女性は俯きがちに黙って聞いていた。
ユウが一通り話し終えると、女性はカマキリのように首をもたげて真っ直ぐユウを見た。
「――そ。このまま病院に戻る気もなさそうだね。じゃあ私もついてったげる」
「……あの、僕の話聞いてましたか。付き添われても病院には行かないって」
「違うって。沖縄までついてったげるって言ってるの」
この女性に対する嫌悪感に似た、人間に似た別の生き物を見るような感情がユウの心の底から湧き出ていた。
「あの……親切にありがとうございます。でも大丈夫ですから」
「そんなわけないでしょ。ジュース一本も買えない状態で安全に旅行できると思う?あ、でもチケット買わなきゃ。ちょっと待っててくれる?」
このようなときに大声を上げてでも助けを求められないのがユウの悪いところである。思い切りのよさがないというか、身の危険に対して動物的な大胆な行動ができないのだ。そのせいで過去に絵を高額で買わされたこともあったりする。
白くなった人ごみの中に消えていく女性を見送りながら、ただでさえ不安な旅がさらに妙な展開になってしまったと戸惑いを抑えきれないユウだった。
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