到着、そして黒の喪失

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到着、そして黒の喪失

 女性はなんと本当に沖縄行きの航空券を持って戻ってきた。さすがに飛行機の座席が隣ということはなかったが。  搭乗ゲートで並んでいる際、來山ミイ、と女性は名乗った。 「変な名前でしょ。猫みたいって昔から言われるの」 「……いや、そんなことはないかと」 「君、嘘ついているでしょ。顔にしっかり描いてあるんだから」  自分の名前を恥ずかしがっていると思ったら、湿った表情でじっと見つめてくる。そんな彼女とはできるだけ言葉を交わさないように努めるユウ。 「そういうの私わかるんだから。仕事柄、いろんな人とよく会うし」 「そうですか」  絶対に職種など聞いて話を広げるものか、と最低限の単語数でやり過ごす。 「なーんか冷たいなあ。……あ、列進むよ。ほらこっち」  ミイはユウの右手を包むように掴み、母が我が子を連れて歩くように先導して歩き出した。    飛行機の窓側の座席まで手を引いてもらったユウは真っ赤になっている顔を冷まそうと必死になっていた。  ミイのおかげで一度も躓くことなく、ユウは飛行機に乗って沖縄の地へ飛び立つことができた。その点に関しては彼女に感謝はしているのだが、やはり不信感は拭えぬままだった。  鮮やかな空色と純白の雲と地表が眼下に広がっていたが、それを映す瞳が瞼に塞がれるのに時間はかからなかった。  これまでの経験から、次に色が白く塗り潰されるまであと5時間くらいはある。沖縄までの3時間の道のりは気を緩めても問題はないだろう。  なぜか病院のベッドよりも、エコノミークラスの椅子の上の方が少しだけ安心感が増しているような気がした。  真意は不明とはいえ、自分の味方が一人でも側にいることがわかっているからだろうか。  その結論が出る前に、ユウの意識は暗闇へ落ちた。  ユウとミイを乗せた飛行機は無事に沖縄へ着陸した。  周りの人間が荷物をまとめて降りていく中、まだ手探りでシートベルトを外しているユウ。 「ほらユウ君、外すのはここを押すの」  手を差し伸べたのはミイだった。  本当に付いてくる気なのか……と眉間にしわを寄せるユウ。 「……ありがとうございます」  ミイの方を向いたそのとき、ユウはぎょっとした。  彼女の両目から黒目が消え、常に白目となっていた。ユウの方に目線が向いているのだろうが、白一色となったその目からは一切の感情を読み取ることはできなかった。 「どうしたの?」  ミイが心配そうな声色で尋ねる。 「いえ。すいません、また先導をお願いします」 「……もしかして、また悪化したの?もしかして、その、青が……」 「大丈夫です。青はまだ見えています」  しかし黒色すら認識できなくなった今、窓の外の空色以外はほとんどが白色の景色が広がるだけである。肌色と青色の系統の2色。ユウの視界の幕切れは足音すら聞こえてきそうなほどすぐ後ろに迫っていた。  ふと、何がきっかけかよくわからない涙がこみ上げてきた。しかし顔に力を入れてそれを引っ込めたユウは、ミイとともに一歩ずつ足を進めた。
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