発症、そして逃亡

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発症、そして逃亡

「これは目の色覚異常です。あなたの目はあらゆる色を白色にしか捉えられなくなります」  唐島ユウが医師からそう言われたのは視界に違和感を覚えてから4日目のことだった。 「これは近年でも非常に珍しい症状です。おそらく錐体細胞の異常と思われますが、まだ症例も少なく治療の方針も――」  内容はユウの頭に半分ほどしか届かなかった。医師から説明を受けているときも、彼はボールペンやカレンダーの一部が不自然な白色に染まっているのが目に付いて仕方なかった。  お前の目はもう駄目だ、使い物にならなくなる。  それが結論だった。  それから様々な検査を受けていく間も、見えている世界は白に塗りつぶされていった。紫、ピンク、灰色・・・・・・。まるで絵の具箱の中から1つずつ取り出して捨てていくかのようだった。  物と物の境目はなくなり、かろうじて質感と薄い影で物体を判別できるくらいにまでなった。  ユウは心もだんだんと塗りつぶされているような気がした。ただしそれは白色にではなく、深い穴のような真っ黒である。  やがて、目を閉じることにすら恐怖を覚えてしまった。  そして入院してから6日目。  目の下に大きな隈を作ったユウは、重くのしかかる眠気が吹き飛ぶほどのショックを受けた。  気付けば緑色すら塗りつぶされてしまっていたのだ。    気付けば病院を飛び出していた。  走って走って、視界の端でかろうじて残った青と肌色が白の世界をかすめていく。  アパートに戻って荷物をまとめた。まずは通帳を探し、適当に着替えをボストンバッグに詰め込む。洗面所の歯磨きを掴んだときに、鏡に映った自分がまだパジャマだったことに気付いた。何色だかわからないシャツと水色のジーンズに着替え、何者かに背中を押されるようにバッグを抱えて外へ飛び出した。  目指すは、海である。
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