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第三の白
目が覚めると視界は黒かった。
私は仕事をやめ、世界旅行に出かけていた。観光名所を訪問したりグルメ旅をしたり、時にはビーチで飽きるまでバカンスし、気の向くままに街に出てはブラブラしていた。今まで激務だったために金は十分ある。しばらく心向くままに遊び倒すつもりだった。将来のことはそれから考えればいい。
しかし怠惰な生活を送っていても、一つだけぬかりなく気を配っていることがあった。寝る際は必ずアイマスクをすることである。
あの温泉では溺れて死にかけたものの、他の客に助けられて一命を取り留めた。しかし私は目が覚めたときの白の世界にトラウマを抱いていた。
それゆえ睡眠時にアイマスクを着用することを欠かさない。ビーチでうたた寝してる際も飛行機で仮眠する際も同様である。
「エマージェンシー、エマージェンシー」
目を覚ますと視界は黒かった。
急に体がガクンと下がった。何事かとアイマスクを外し窓の外を見ると、視界は辺り一面、白い雲で覆われていた。機体はすごい勢いで降下していた。
今度こそ死を覚悟し、歯がガチガチ、手がブルブル震えていた。ただ手を合わせて祈り続けるしかなかった。
しかし飛行機は一人の犠牲者を出すこともなく不時着した。
この奇跡を経て、私はアイマスクの効果を確信した。起きたときに視界が白でなければ安全なのだ。一通りの旅行にも飽き、スリルある生還を果たした私はさらなる刺激を求めた。旅の最後をスカイダイビングで飾ることにしたのだ。
私は本来度胸があるほうではない。しかし先の体験が私を有頂天にした。私は意気揚々と上空から飛び出した。
目を覚ますと視界は白かった。
私は驚愕したが、すぐさま状況判断に努めた。私はスカイダイビングをしていて、上空へ飛び出してすぐ意識を失ったのだ。
しかし私はなぜか冷静だった。これまでの経験ゆえだろうか。
視界に白い雲が広がっているということは、まだ相当上空にいるということだ。地表までまだだいぶ高度がある。
「フフッ」
私は安堵の笑みを漏らし、パラシュートを引いた。
背後でパラシュートが開き、反転した。視界が地面に変わり、私は気づいた。仰向けで空を眺めていたことに。
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