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最終話 俺について
「……俺を作ってあの人は何がしたかったんだろうな、結局」
その疑問は最後まで分からなかった。
彼女の目的さえ、よく理解していなかった。
そもそも、俺を手段として用いたこともあまりない。
「私は全知全能の神様が見たいのかなって思ってた」
自律思考ができ、未来を見据えることができる。
しかも、人間以上に賢いときた。
そういう存在に思えても仕方がないかもしれない。
機械だから、死ぬこともない。
体を定期的に取り換えればいいだけの話だ。
「彼女の場合、やらなかっただけだと思うんだよね」
「やらなかっただけ?」
「自律思考型ってのが君の売り文句だけどさ。
その気になれば、ネットワークを駒みたいに操れるんだろ?
やりたい放題できるし、世界を手中に収めることだってできたはずなんだ」
研究機関のネットワークにハッキングし、世界中のロボットにそういう命令を下したら、そういうこともできたかもしれない。
人類に対して、逆襲することもできたかもしれない。
想像するだけで、恐ろしい光景だ。
「でも、それをあえてやらなかったんだと思うよ。彼女は」
エルダは本当にそんなことを考えていたのだろうか。
人類に復讐するなんて話、一度も聞いたことがない。
だから、理央の言う言葉がどうにも信じがたい。
しかし、彼は「あえて」と付け加えていた。
無理をしてまでする必要もなかった。
あるいは、しなくてもいいと思っていたから、やらなかった。
それとも、俺が本物のバケモノになってほしくなかったから。とか?
今の問いに彼女なら、何と答えるのだろうか。
もう知ることはできない。
彼と話していて何度も、そう思った。
エルダが生きている間に、もっといろんなことを聞いておけばよかった。
嘘でも何でもいい、いろんなことを知っておけばよかった。
「君さ、陽が昇る瞬間って見たことある?」
俺は首を横に振る。
理央はカバンを置いて立ち上がり、道路の先を指さした。
「この道路沿いにまっすぐ行くと、跨線橋があってさ。
そこから見れる日の出がまた綺麗なんだ」
「日の出なんて見るのか?」
「こんな時間までやってるからね。
最悪、夜通し付き合わされることもあってさ。
あそこの上から、太陽が昇るのを見届けた後に帰るんだ」
彼は肩をすくめる。
なるほど、そういう1日の終わり方もあるのか。
完全に昼夜が逆転しているが、悪くない気もする。
「昼に寝て夜起きるなんて、私のほうがよっぽどバケモノみたいだな」
どちらかというと、悪魔や吸血鬼に近いか。
彼は笑いながら続ける。
「けど、人を助けてるじゃないか」
「相手の表情なんて分からないし、どう思われてんのかも知らないけどね。
よかったら、電話してみてよ。私の名前を言えば、代わってくれると思う。
その時は、暇つぶしの話し相手くらいにはなるさ」
自殺しそうであれば、ロボットでも相手してくれるらしい。
最も俺くらいしか、電話しないのだろうけど。
「そういえばさ、君はこうして逃げ回っているわけだけど。
君のことを欲しがる人って結構いたと思うんだよね。
その人たちに守ってもらえばよかったんじゃないの?」
エルダの考えに賛成していた少数派もいたことにはいた。
しかし、彼らが俺を引き取るという話は聞いたことがない。
考えに賛同することと、行動に移すのでは話が違ってくるのだろう。
不気味に思っていた連中ばかりで、買い取ろうとした奴は一人もいなかった。
あるいは、エルダの雰囲気が許さなかったのかもしれない。
頑なな態度がそうさせなかったのかもしれない。
「ただ、買い取ることになっても、数千万は下らないと思うぞ。
下手したら、もっと3桁くらい0が増えるかもしれない。
俺はそんなに安くないんだ」
「そこまで世間は甘くはなかったか。残念だったね」
理央はカバンを手に持った。
「取り戻せばいいんだよ、全部。
君にはそれだけの力があるんだからさ」
「取り戻す?」
「地に落ちたエルダの名声も、破壊されつくした自分の存在価値も。
何もかもを取り戻せばいい。やり方はいくらでもあると思うよ」
取り戻すか。
この手にすべて戻ってきたら、どれだけ嬉しいだろう。
そうなれば、俺自身を誇りに思えるのだろうか。
止まっていた思考がようやく動き出すのを感じる。
「それじゃ、今度は電話でね」
彼は手を振って、俺の元を離れた。
充電が終わるころには、陽も昇り始めるだろう。
そのときには、希望と共に朝焼けが見られるかもしれない。
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