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オマケ 機械に嫌われているバケモノ
ページをめくる音と時計の針が進む音が部屋を支配している。
Iというロボットと出会ってから、理央は機械に対して興味を抱いていた。
正確に言えば、エルダ自身にと言えばいいのだろうか。
彼女自身の目的は未だに分かっておらず、様々な場面で議論されている。
どこも偏った意見ばかりが述べられていて、まるで参考にならないのが現状だ。
こういうときには、書物をたどるのが一番だ。
彼女が記した論文やらIについて書かれているものなど、思い当たるものを図書館から借りて読んでいた。
彼は心というプログラムを組まれ、世界初の自律思考型ロボットとなる予定だった。
エルダは人間の精神を機械で再現しようとした。
この実験がうまくいけば、様々な分野で応用されるはずだった。
しかし、世間に発表した途端、彼女は強烈なバッシングを受けた。
機械が人間同然にふるまうことに違和感を抱いた者や生命に対する侮辱であると主張した者たちによって、彼女は学界から追放された。
その後は二人は研究所を脱走し、行方知れずとなっていた。
「まさか、近所に来ていたとはね……」
彼らの居場所が気づかれたのは、つい最近のことらしい。
その際にエルダも捕まり、Iは逃走した。
研究機関は彼を必死に探し回っているようだ。
この前の夜に理央が助けたのは、まさにその逃走劇の主人公だったというわけだ。長い髪をかき上げて、窓の方を見る。
雲一つない、穏やかな青空が広がっている。
今頃、どの辺を歩いているんだろう。
言った通りに進んでいれば、隣町に着いているはずだ。
もしかしたら、もう通り過ぎたかもしれない。
道のど真ん中で倒れていたのを思い出す。
あのまま無視していたら、彼はどうなっていたんだろう。
人通りは決して少なくない道だ。
朝早く、あそこを通りかかった誰かが研究所に連絡していたのだろうか。
スマホのアルバムを見返す。道路に横たわるロボットがそこにいた。
街灯の光がスポットライトのようで、映画のワンシーンか何かに見える。
彼は自分からIであることを理央に明かした。
うっかり口を滑らせたといった方がいいのか。
本人は話すつもりはなかったみたいだし。
彼が嘘を言っていないのは、写真で明らかだった。
消そうか消すまいかで悩み続けること早3ヶ月。
「充電が切れただけでこんな悔しがる奴がいるかっての……」
結局、エルダの目的をまともに知らないまま、彼は生きていた。
彼女は誰かに本心を話すようなタイプではなかったらしいし、マスコミ嫌いでかなり有名だったようだ。
何がしたかったんだろう、彼女は。
神様になりたかったわけではないようだけど。
インターホンが響く。思考が中断される。
「……誰だ、こんな時間に」
宅配は頼んでない。家賃や光熱費はこの前払ったしな。
近隣住民の誰かか?
けど、私のことを不気味だとか何とか噂してたのを聞いたんだけどな。
まさか、クレームとかじゃないよな?
読みかけの本を置いて、渋々玄関に向かう。
覗き窓の先には、書類らしき何かを持っている一組の男女がいた。
見たことのない顔だ。何かの営業か?
そんなの相手にしてる暇はないんだけど。
とりあえず、様子を見てみるか。
理央はゆっくり扉を開けた。
「お忙しいところ、すみません。
私は国際技術開発日本支部の大井純と申します」
「助手のF型2873460です。
立華理央様のご自宅でよろしいでしょうか?」
名刺を差し出した。
ロボットと人間の二人組で、Iを捜索している研究所の職員のようだ。
外見だけなら、本当に人間と区別がつかない。
エルダの技術も加わっていれば、どのような姿に変わっていたのだろうか。
「すみません、デバイスとかは間に合ってます」
「いえ、本日は営業ではございません。
現在、研究所ではこの機体を探しております」
彼女はチラシを渡す。
そこに載せられているのはこの前の夜、路端で倒れていた彼だった。
なるほど、世界を敵に回したというのはあながち嘘でもなかったようだ。
彼を充電しただけなのに、こうしてわざわざ訪ねてくるのだから。
「近辺でこの機体の目撃情報があり、監視カメラを調査したところ、一緒にあなたも写っておりました。立華理央さん、お話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
事情聴取に来たと言ったところか。
そんなの国家公務員のやることだろうに。
何が何でも彼を捕らえたいらしい。
「……と言っても、大したことはしていませんよ?
充電切れで倒れていたのを助けただけですし」
「充電切れの場合、まずは我々に連絡を入れることはご存知でしたか?」
「へえ、そんな制度があったんですね。知りませんでした」
胡散臭そうな目で見ている。さすがにダメか。
しかし、こんな連中に捕まって欲しくはない。
適当にごまかし続けてみるか。
「電源が入ってから一応、彼に聞いたんですよ。
そうしたら、関係ないって言われてしまいましてね」
「しかし、説得のためだけにそれだけの時間を使ったのですか?」
なるほど、ただのマニュアル人間というわけでもないのか。
あらかじめ、あの夜のことを調べた上で来ているのだろう。
戯言に興味はなし、知っていることはすべて言わせるつもりなんだろうな。
どうしたもんかな、すごく面倒なことになってきた。
「説得というか、純粋に話を聞いてみたかっただけですよ。
ただの興味本位って奴です」
興味を持ったというのも、あながち嘘じゃないんだけどなあ。
そんなバケモノを見るような目で見られても困る。
「少々、うかつでしたかね。
しかし、あんな道端で倒れていたら、誰だって助けると思いますよ」
何言ってもダメだと言わんばかりに首を横に振った。
信頼は失ったも同然だ。
「これが彼に関する情報です。
心当たりがあれば、いつでもご連絡ください」
ぶっちゃけ、もう二度と来てほしくないんだよなあ。
探したところで、得られるものは何もないと思うし。
一番最後に会ったのが自分なら、また別の研究員が来るのは想像に難くない。
諦めずに、何度も来るのだろう。
あんまりやりたくないんだけど、しょうがないか。
これも彼を守るためだと思えば、安いものなんだろうし。
「分かりました。機械ってのは、正直者ですからね。
うらやましいもんですよ」
理央がそういうと、男ががくりと膝をついた。
頭を抱え、目の焦点が徐々に合わなくなっていく。
もう一人は息をのんだだけで、騒ぎもしなかった。
原因不明のフリーズはよくあることなのだろうか。
非常に慣れた手つきで、彼に車輪を取り付けていく。
あっという間に、人型ロボットと台車が合体した。
停止した時は、こうやって重い機体を動かしているのか。
少しだけ驚きつつ、二人を観察していた。
「すみませんね。生まれてこの方、機械には嫌われているみたいでして。
ちょっと考え事しただけで、こうなっちゃうんです」
おどけるように、両手を広げてみせる。
これも嘘じゃない。とっくに失われた技術を機械相手に使っているだけだ。
機械はこの力に敏感に反応し、拒絶反応を示す。
その中でも、人型は特に嫌っている傾向がある。
「こちらこそ、御迷惑をおかけしました。失礼します」
彼女は短くそう言って、台車を押していく。
これで話を聞く気は失せたはずだ。
「少しは礼節を覚えろっての……スクラップどもが」
今度来たら、これだけじゃすまないからな。
親指を下に向けて、彼らの背中を見送っていたのだった。
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