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第1話 バケモノってどんなやつ?
「よかった、気がついたんだね」
目の前でしゃがんでいたのは、金髪の男だった。
ハンチング帽を深くかぶり、フレームのない眼鏡をかけていた。
金色の瞳は、俺を優しく捉えていた。
ハイネックの黒いセーターにジーンズ、スニーカー。
足元に男の物と思われるカバンが置かれており、金髪は腰まで伸ばしていた。
見た目からして、二十代後半くらいだろうか。
思わず、俺は後ずさった。
俺に何したんだ、こいつ。
手で触りながら、自分の体を点検する。
首の後ろあたりを触ると、何か長い物が伸びていることに気がついた。
ゆっくり振り向くと、ロボット用の充電装置につながっていた。
赤色のランプが点滅していた。
「それだけ動ければ、大した損傷もなさそうだ」
彼は俺を見て、何度もうなずいていた。
「何のつもりだ?」
「道のど真ん中で倒れてたもんだからさ。
どうにかして、ここまで連れて来たんだ」
彼は背後の装置を指さした。
そうだ、バッテリーが切れそうだったから、充電しようと思ったんだ。
けど、その前に俺の電源が落ちたんだ。
この充電器の前で記録が途切れている。
彼の言っていることにまちがいはなさそうだ。
「ああ、私はこういうものだから。心配しなくても大丈夫」
彼は名刺を差し出した。
『心のための相談窓口担当 立華理央』と書かれていた。
道路沿いに街灯が延々と並んでいるだけで、彼以外に人は見当たらなかった。
だから、俺のことも助けてくれたのか。変に納得してしまった自分がいる。
確か厚生労働省が設置した、自殺対策の相談所なんだっけ。
誰でも気兼ねなく連絡ができるように、夜遅くまで受け付けているらしい。
今はもう零時を過ぎているから、勤務が終わったところなのかもしれない。
それにしても、こんな胡散臭い見た目で人を救っているのか。
こんなのに助けられている人が本当にいるのだろうか。
「そうだ。君、番号は? 今から電話して迎えに来てもらおうか?」
ロボットにはそれぞれシリアルナンバーが振られている。
その番号で契約者を呼び出し、対応してもらうのが一連の流れだ。
理央もその流れに従っているのだろう。
「充電してくれて、どうもありがとう。
しばらくしたら、マスターも来ると思うからさ。
俺のことは気にしなくていいよ」
今できる精一杯の笑顔を浮かべる。
助けてくれたことには感謝している。
けど、あのまま放っておいてくれてもよかったのに。
朝になれば、通りかかった誰かが見つけてくれたはずだ。
そうなれば、ようやく停止できたのに。
理央は真剣なまなざしで俺を見つめる。
「君をこんな時間に外に放っておくとは思えないんだけどな……。
差し支えなければ教えてほしいんだけど、契約者の方は今、どこにいるの?」
「別に貴方には関係ないだろ」
俺は切り捨てるように言った。
同時に、気づいてしまった。
こんな言い方をしたら、余計に食いつくんじゃないか。
だとしたら、確実に面倒なことになる。
この手の人種は、他人に優しすぎる傾向にある。
相手の感情を読み取り、自分のことのように考えることができる。
それと同時に、善意を押し付けていることに気づいていない場合が多い。
自分のやっていることは正しいことだと思っている。
だからこそ、余計にタチが悪いんだよな。
現に、理央はその場を離れようとしない。
顎に手を当てて、何かを考えこんでいる。
何とも言えない不気味さが場を支配していた。
「いや、どうしたものかと思ってね……」
ようやく口を開いたと思ったら、何を悩んでいるのだろうか。
シリアルナンバーが分からないロボットは業者に連絡し、契約者を特定してもらわなければならない。
何を戸惑っているんだ、この男は。
彼はカバンを膝の上において、俺の隣に座った。
「なんか電話してる間に逃げちゃいそうなんだもん、君」
「こうなったら、逃げも隠れもしないよ」
「いや、逃げ延びてどこかに隠れると思うね。
俺はまだ壊されたくないっていう決意を感じたんだ」
「どういう意味だよ」
「これを見て、同じこと言えるかい?」
理央はスマートフォンの画面を俺に見せる。
道端で倒れていた時の、俺の顔が写っていた。
両目はカッと開いていて、唇を強くかみしめていた。
充電が切れたとき、こんな顔してたんだ。
全然気づかなかった。
「証拠写真のつもりで撮ったんだけどね。
そんな表情をするロボットもいたのかと思ってさ。
ちょっと話を聞いてみたくなったんだ」
「……」
「君が一人の理由、よかったら、聞かせてくれないかな?」
「バケモノの言うことなんか、聞いてもしょうがないだろ」
そうだ、俺はバケモノだ。
ロボットの皮をかぶった、違う何かだ。
思わず口から飛び出た言葉だけど、何度もそう言われていたじゃないか。
「バケモノねえ……」
彼は俺の言葉を繰り返した。
「それじゃあ、君の言うバケモノってどんな奴?
ちょっと聞かせてほしいな」
理央は俺の方を見て、おもしろそうに笑ったのだった。
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