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25.見知らぬ知人
ガブリエラの店に行って、今日のオススメを聞くと、ラザニアとの事だったので、二人ともそれを頼む。
ケイはそれでは物足りないらしく、ホットサンドも頼んでいた。
適度なざわめきと、時代遅れの気だるいBGM。
今日はカウンタではなく、奥の方にあるソファ席に座る。
四人がけの卓だが体格のいいケイだと、二人がけのソファに丁度収まる感じだ。
ガブリエラが料理を置いて「ごゆっくり」と去ると、二人は熱々のラザニアに手をつける。
ガブリエラのラザニアはホワイトソースは使わず、トマトの酸味が利いたミートソースに、チーズたっぷりというものだ。
野菜を食べない客が多いのを気遣ってか、ほうれん草やブロッコリーが所々に入っているのがガブリエラらしい。
「で、さっきの若い軍服の子、見覚えがある?」
「全く」
軍服を着ていた、自分より背が低い、若そうだということ以外、正直あまり記憶に残っていないというのが正直なところだ。
「アンタのこと、ケーニヒ中尉って呼んでたよ」
「そう言われても、ひとつもピンと来ない」
食べながら、まるで今日あったどうでもいいことを話すように会話をする二人だったが、ガブリエラは遠目からその様子がいつもと違うと感じていた。
「探しに来ると思うけど、どうする?」
「……あの青年は、俺の姿に怯えているようだった」
「まるで幽霊にでも出会ったみたいに?」
「ああ、その表現がぴったりだな」
「もし軍が迎えに来たら戻る?」
再度のサリーの問いに、ケイは眉根を寄せて、困惑の表情を浮かべる。
「行けば、きっと俺の身元やら何やらも分かるだろう」
「記憶が戻る確率は高いよね」
「でも、俺が拾われた時の様子からして、俺は軍から逃げている」
「うん。ノコノコ行って何をされるか分からない。でも、隠れてるのも無理じゃない?」
「ああ…悩ましいところだな」
そう言いながら、ラザニアを完食したケイはホットサンドにかぶりつく。
気持ちがいいほどの食べっぷりに、サリーはフォークを持ったまま見とれてしまう。
(男らしくて、カッコよくて、でもアッチはすっごい可愛くてエロくて……)
「どうした、サリーもホットサンドが食べたかったか?」
微笑を浮かべ、残った一切れを差し出そうとするケイをサリーは慌てて止めた。
「冗談。そんなに食べたら動けなくなっちゃうし、デザートが入らないじゃん!」
「そうか、デザートは大事だな」
真面目に言うケイにサリーは笑い声を上げてしまう。
「もー、ケイってば面白すぎー!」
「……笑われるようなことを言ったつもりはないが」
困惑しながら、残っていた一切れを、ケイは二口ほどで食べてしまう。
食べるのがゆっくりとは言いがたいが、決して下品な食べ方ではない。
細部にまで神経を行き届かせた規律的な食べ方は、やはり軍人を思わせた。
「そー言えば、さっき中尉って言われてたよね? それってどれくらいの地位なのかな」
「一応士官だ。下士官や兵卒とは扱いが違うが、士官の中では尉官は一番下になる。その上は佐官、将官であとは上がりの元帥だ」
「へー、よく知ってるね」
「ああ、なんだか知らんが、スルッと出てきた」
「上でもなく下でもなく、微妙な感じだねー
」
「だが一定範囲の戦闘の決定権なら持っている、という感じだな。局地戦なんかでは……」
言いかけて、ケイはこめかみを押さえる。
「なんで俺はこんなことを喋ってるんだ……?」
「色々脳みそが整理されてきたんじゃない? デニスんとこで倉庫掃除したお陰で」
「そうかもな」
二人が食べ終わったのを見て、ガブリエラがコーヒーを持ってくる。
「サリーはデザートのアップルパイだろ? ケイはどうする」
「俺は遠慮しておこう」
「食べたくなったら一口あげるよ」
「あーら、お熱いとこ見せつけてくれるの?」
豪快に笑いながら、ガブリエラはカウンターにアップルパイを取りに戻る。
「とりあえず帰ったら、今後のことをしっかり決めよう」
「そうだな」
甘い煮たリンゴとバターの香りを漂わせ、アップルパイがサリーの前に置かれる。
それは幸せな香りのはずなのに、どこか物悲しさを二人に感じさせた。
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