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1. 拾った男、拾われた男
ヴィーネ。
それがこの街の名前だ。昔はビーネバウムとかたいそうな名前がついて、フォルフなんとかとかいうお偉い貴族様が治めていたそうだけど、今はその歴史の抜け殻だけが残っている状況だ。
路地裏に入れば、すり減った石畳がつまずきを促すし、昔はさぞやオシャレだったんだろうという石壁やレンガ造りの建物は、落書きだらけで、どうにも荒れた雰囲気は否めない。
それもこれも、30年程前に起きた世界恐慌が原因だ。
22世紀を迎え、人類はテクノロジーを極め、あらゆる快適を機械に託し、繁栄を極めていた。
しかしとある南の国が海底火山の為、海に呑まれた。
ごくありふれた南国リゾートがひとつ消えた、というだけでは済まなかったのは、その国が所謂タックスヘイブン、そして合法違法ありとあらゆる金融の巨大ターミナルとしてとして世界一有名な国だったからだ。
それをきっかけに世界恐慌が起こり、人々はテクノロジーの保護と恩恵を失った。
30年前と変わらずそれを享受しているのは、ごく一部の富裕層で、ほとんどの人間は、21世紀初頭程度の細々としたインフラを使って生活をしている。
それでも人類というのはなかなかしぶとく、持たざる者は持たざる者でそれなりに生活をしているというのだからたいしたものだと思う。
そんな中でも、今世紀に入ってそんな持たざる者たちにも与えられた恩恵の一つが『サイバネティック』だった。
事故や生まれつきの障害などで使用不可能となった臓器や四肢を機械によって補うと言うものだ。
人体と機械の融合、といえば聞こえはいいが、オーダーメイドの生体培養をする期間や金のないものでも簡単に失った四肢や臓器を購えるという理由で、現在は20人にひとりは体のどこかをサイバネティックを使って補助している状態だ。
そんなサイバネティックの技術を施された男が俺の拾った奴なわけだけど。
自分のねぐら……スラム街とそうでないまだましな生活をしている人間との住む境目あたりにあるアパートの3階が俺の住む場所だった。
ワンフロアすべてを借り切っているのは、贅沢をしているわけではなく、俺の職業である医者(ただしモグリ)の診療所を兼ねているからだった。
狭い階段を、気を失って壮絶なまでに重い男を担いで、診療室のベッドに横たえる頃には、俺は汗だくになっていた。
「ったく、どんな筋肉ダルマなんだよ! って、まあでもそれだけお楽しみが多いってことだよね♪」
そう、俺はいわゆるゲイだった。
21世紀初頭に起きた活動で、異性愛のみが正しいという価値観はすたれて久しいがやはりスタンダードは異性愛。差別はほとんどないとはいえ、完全な同性愛者は多少は肩身が狭いというのが正直なところだ。肩身の狭さはいまだに大麻や煙草を吸っている奴らとどっこいどっこいだろう。
そんなちょっぴり肩身の狭い同性愛者の中でも、俺はさらに肩身が狭い立場だ。
なにせ、自分よりでかいマッチョな男を抱くのが好き、という性癖なのだから。
まあそんな奴にはなかなか出会えない。だから今日みたいに、恩を売って、そのままモニャモニャと事に持ち込めそうな状況はチャンスだった。
倫理観? そんなものはこの街に来たときには既に失くなってるって。
ウキウキしながら男の服を脱がせようとして、はたと気づく。
ファスナーやボタンがない。
体にピタリと張り付くような素材は、それが見た目とは違いかなりの強度があり、ある程度の防寒や防炎衝撃耐性があるものということが予想出来た。
「んー……じゃあ、ここかな」
男の体を横に起こし背中を見ると、そこにかすかな隆起と、首を覆うハイネックの部分にいくつかのボタンがあった。
「ビンゴ。磁気ファスナーじゃん。これ、軍用のスーツなわけ?」
磁気ファスナーはかなり高価だ。気密性を必要とするような場合でなければほとんど使われることがない。そう、使うとすれば、消防士や特殊な潜水士、それに戦闘を生業とするものだった。
軍人や傭兵は全身を覆うスーツの上にさらに装備をつける。そのベースとなるボディスーツを着ている、ということは、彼が軍属であることを意味していた。
(あれー? もしかして、俺、厄介なの拾っちゃった?)
そうは思っても、怪我人兼ご馳走を放っておくわけにもいかない。
ボタンを操作し、磁気ファスナーを下ろすと、思った以上に伸縮性の高い生地に助けられ、わりと簡単にスーツの上半身部分を脱がすことに成功する。
ベッドに横たわった彼の体を見た瞬間、俺はあの重さの意味を理解した。
「もしかして、こいつ100%サイバネティック……というか、サイボーグ?」
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