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「あなた達が勝手に悩んだ所でしょうがないと思うけれど?」
「うむ、マダムは自らの意思で私達に接してくれたのではないだろうか」
沈みがちな私達をよそに、浮月さんとレイネはクールな受け止め方をしていた。
「私には、あのご婦人が我々との語らいを楽しんでいたように見えたのだが。疎ましく思っている相手に、わざわざ土産まで持たせはすまい」
「そうだよね、今時マフィアだってそんな面倒な事しないよね!」
レイネの言葉に、森田さんはよくわからないたとえを挙げつつ納得の表情を浮かべた。楽しませたという自信は無いが、私もそれが正解だと思いたい。
「甘くていい香りね。近くのハウスで育てたのかしら」
「地の物は見るからに瑞々しさが違うな」
浮月さんはパックから一粒摘まんで、花一輪のごとく鼻先に近づけて香りを味わった。イチゴの甘い香りは、堅めな彼女の表情を穏やかに溶かす不思議な力があった。我が県では日差しの良い海沿いでイチゴの栽培が盛んなのを思い出した。
「まだお昼ご飯がおなかの中に残ってるから、後で食べよっ」
「折角の鮮度を落とさぬ様、これは伝右衛門殿に託そう」
レイネは私からイチゴのパックを受け取り、森田さんに手渡そうとした。
「伝右衛門って、私……?」
急に変な名前で言われる方はたまったもんじゃない。森田さんはリアクションに困りながらも、ランチバッグにイチゴを収めて運び人・伝右衛門役を引き受けてくれた。森田さんのランチバッグには保冷剤が沢山入っていたからね。
気を取り直して農道を駆け抜ける。海のきらめきも磯の香りも次第に強く感じられ、砂浜に着くのも時間の問題だ。それまでには気持ちを切り替えよう。
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