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「いーじゃん、まだ誰も来てないんだからー!」
千佳ちゃんが叫びながら舌鼓を打つイチゴのかき氷は、縁日で主流の真っ赤なシロップのかかったシンプルなタイプでは無く、本物のイチゴの果肉をつぶして作った濃厚なソースの上にフローズンなカットイチゴが載った贅沢な一品だ。森田さんが頼んだブルーハワイは普通のシロップなのに、イチゴはやけに手間ひまかかっているのは地元の名産品だからだろうか。私もその至福のひと時を味わおうと、果肉の一粒を綿雪の山からこぼれ落ちる前にスプーンですくい上げた。
イチゴと言えば、田園地帯でお世話になった農家のマダムの事を思い出した。
あの時、もう少しだけでものんびり歩いていたら、名前や連絡先を聞けただろうか。何だかんだ楽しかった旅の思い出の中で、そこだけが心残りだ。そう思うと、イチゴの果肉も小骨の多い魚の身みたいに思えて来て、喉を通りづらくなってしまった。
「あらあら、相変わらず元気な子達だねぇ」
「す、すいません、楽しくてつい……」
一瞬うつむいている間に、お店の人が階段を上がって来ていたのを見逃してしまっていた。反射的に謝りながら顔を上げると、
「マダム……!」
一番会いたかった人が目の前にいた。日除けの帽子は被っていなかったけれど、マダムその人だった。
「どうしてここにいらっしゃるんですか?」
「ここはうちの妹がやってる店だよ。うちっちの畑で獲れた野菜を持ってきたら、どこかで聞いたようなにぎやかな声がしたんで、こっそり見に来たのよー」
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