6/15

6720人が本棚に入れています
本棚に追加
/475ページ
向かった先は、行きつけの店。 時間制で化粧や着替え髪のセットなどをセルフで出来る店だ。 すっかり顔見知りになった店員が受け付けをしていた。 「あ、いらっしゃいませ〜。長森さん」 「空いてる?」 「はい、空いてますよ〜」 手際よく受け付けを済ませて、案内された更衣室で持って来た服に着替える。 そしてドレッサーの前で化粧を落とし、念入りにやり直す。ネイルもやり直した後、纏めていた髪を下ろすとブローで本来のストレートに戻すと完成だ。 ちなみに眼鏡は伊達だ。本来は必要ない。 「ありがとね〜」 そう言って受け付けの子に声を掛ける。 「相変わらず、来た時と帰る時は別人ですね」 「そう?」 「最初は違い過ぎて二度見しましたもん」 そんな会話をしながら会計を済まして店を後にする。 もちろん、これが目的ではない。 これからが本番だ。 歓楽街にあるバー。金曜日の夜ともなると、それなりに賑わっている。 広くもなく、狭くもなく、ちょうどいい。 私はカウンターの一番端で、ウィスキー片手にピアノの演奏に耳を傾けたり、馴染みのバーテンダーと会話をして楽しんだ。 「ねぇ、お姉さん一人〜?」 声をかけてくる男が来た。 ゆっくりと品定めするようにその男を見る。 ダメだ。見るからに酔っ払い。酒の勢いで声をかけましたって言うのがありありと見える。 「ごめんなさい、人を待ってるの」 にっこりと笑いかけ返事をする。内心は一昨日来やがれだ。 「でも、ずっと一人だよねぇ」 「そんな寂しい女に見えた?酷い男よね。私を一人にして。でも、いつ来るか分からないし、あの人…怖い男だから」 芝居じみた事を口にしながら、意味深に笑いかけると、男は何を察したように気まずそうな顔をして「いや、一人じゃなかったらいいんだ」とすごすごと去って行った。
/475ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6720人が本棚に入れています
本棚に追加