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向かった先は、行きつけの店。
時間制で化粧や着替え髪のセットなどをセルフで出来る店だ。
すっかり顔見知りになった店員が受け付けをしていた。
「あ、いらっしゃいませ〜。長森さん」
「空いてる?」
「はい、空いてますよ〜」
手際よく受け付けを済ませて、案内された更衣室で持って来た服に着替える。
そしてドレッサーの前で化粧を落とし、念入りにやり直す。ネイルもやり直した後、纏めていた髪を下ろすとブローで本来のストレートに戻すと完成だ。
ちなみに眼鏡は伊達だ。本来は必要ない。
「ありがとね〜」
そう言って受け付けの子に声を掛ける。
「相変わらず、来た時と帰る時は別人ですね」
「そう?」
「最初は違い過ぎて二度見しましたもん」
そんな会話をしながら会計を済まして店を後にする。
もちろん、これが目的ではない。
これからが本番だ。
歓楽街にあるバー。金曜日の夜ともなると、それなりに賑わっている。
広くもなく、狭くもなく、ちょうどいい。
私はカウンターの一番端で、ウィスキー片手にピアノの演奏に耳を傾けたり、馴染みのバーテンダーと会話をして楽しんだ。
「ねぇ、お姉さん一人〜?」
声をかけてくる男が来た。
ゆっくりと品定めするようにその男を見る。
ダメだ。見るからに酔っ払い。酒の勢いで声をかけましたって言うのがありありと見える。
「ごめんなさい、人を待ってるの」
にっこりと笑いかけ返事をする。内心は一昨日来やがれだ。
「でも、ずっと一人だよねぇ」
「そんな寂しい女に見えた?酷い男よね。私を一人にして。でも、いつ来るか分からないし、あの人…怖い男だから」
芝居じみた事を口にしながら、意味深に笑いかけると、男は何を察したように気まずそうな顔をして「いや、一人じゃなかったらいいんだ」とすごすごと去って行った。
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