飛ぶ頭部

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 俺は仕方なくダウンジャケットを羽織って家を出た。なるべく上空は見ない様に細心の注意を払った。だが人間は視界が広い。この辺りはマンションが建ち並んでいて空は明るいので嫌でも空が見えた。南の空にひときわ大きく輝く星の下くらいに顔があった。叔父さんだと思ったいたが顔立ちは少し違う。彫りの深い俳優みたいな顔をしている。頭が禿げあがっていなければイケメンの種類に属するだろう。顔は俺を凝視しながらこちらに近づいて来る。  逃げなくては。そう思って俺は近所のコンビニに飛び込んだ。レジに並んでいる人たちがハアハアしている俺の様子を見て驚いたような顔をする。顔が空に浮かんでいたなんて言って誰が信じるんだろう。俺は黙ってトイレに行った。鏡を見ながら、落ち着け、俺、落ち着け、俺と自分を宥める。15分くらいトイレに居ただろうか。外で人が待っている気配がした。俺はトイレから出ると今度はダウンジャケットのフードを目深に被ってスーパーに豆腐を買いに向かった。  豆腐を買って、来た道とは違う大通りから帰る。ちょっと遠回りだが、顔に会うのは勘弁だ。大通りの脇には俺が中学の時に好きだった子の家があって、昔は意味もなく、この辺りをウロウロとした覚えがある。由奈ちゃんという色の白い目の大きな子だ。そう言えば由奈ちゃんは何してるだろう。高校にあがってから一度も会ってない。  ダウンジャケットのフードのおかげで帰りは顔に遭遇することが無かった。ひょっとすると俺の上に居たかもしれないが、見なかっただけでも良かった気がする。スーパーの袋をお母さんに渡すと有難うとお礼を言われた。俺は必死の思いで行ったことを言おうか迷ったが笑い飛ばされるのが嫌で口を噤んだ。顔が空に浮かんでいたなんて誰に相談しよう。
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