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夜の龍極夜
湊とレティアが転送された時間と同刻の午前10時半。
光瑠は昼とは思えないほどの肌寒さを感じていた。
「一体どうなっているんだよ!」
光瑠は愚痴をこぼす。
先程まで昼だったのにここに転送された瞬間に月が空に輝く夜になっていたのだ。
地面には強い甘い香りを漂わせている白銀色の花が月の光を受けて青白色の輝いており、どこまでも続いている。
「神殿の中にお花畑とは笑わせてくれる!」
光瑠の顔にはかすかな冷笑に似た奇妙な笑みを唇の端に浮かべていた。
ここに転送したはいいものの、肝心の夜の龍の姿はどこにもない。一体どこにいるのか……
光瑠は計画性なく歩き回るのは好きではないのだが、ここでは計画を立てても無駄なので立てずに進むことにする。
「それにしてもここは何でこんなに寒いんだ……!」
異世界に召喚される前の世界では夏だったので、薄着のままここに召喚されてしまった。
あまり長い間ここにいると死んでしまいそうなので、できれば早く終わらせたい気分だった。
寒さのせいかここに来てからずっと苛立ちを隠せないでいた。
光瑠の表情には笑顔が一切ない。
しばらく歩いていると、さらに気温が下がったように感じた。
空からはぱらぱらと雪が降り始めていた。と言うことは空の温度がゼロ度を下回っていることが分かる。
苛立ちよりも今は寒さが勝っている。
「寒い……死にそう……」
あまりの寒さに光瑠はその場に倒れてしまう。
光瑠の体力がどんどん奪われていき、意識を失いかけた時に寒さを全く感じなくなった。
「あれ……どう言うことなんだ……」
さっきまで死にかけていたのに体を動かすことができる。どうやらまだ生きているようだ。
光瑠はゆっくりと体を起こしていく。
「わしの主人になるお方よ! 死にかけておったから寒さ耐性の魔法をかけてやったぞ!」
上空から声が聞こえてきた。光瑠は声がする方に顔を向ける。
光瑠が立っている二十メートル上空に冷気を体に纏わせたドラゴンがいた。あれはおそらく光瑠がずっと探していた夜の龍だと思われる。
距離があるのに大きく感じる。全長は五十メートルくらいあるのではないか……
「助けたことには感謝します! でも……」
「でも何じゃ?」
「いや……何でもないです……」
光瑠はこの上ない喜びを感じているのと同時に腹立たしい気持ちが心の中で交差していて、気持ちが整理できていない状態だった。
初対面の夜の龍にいきなり悪態をつくのもよくないと思っていたので抑える。
「あなたは夜の龍ですか?」
「そうじゃぞ! わしは夜の龍、極夜じゃ!」
「今からそなたが、わしの能力を授けるに値するか試させてもらうぞ!」
「極夜さん! あなたを今から服従させます!」
光瑠は戦闘が始まるのを楽しみにするかのようにニヤリと笑う。
「やってみるが良い! 楽しみにしているぞ!」
極夜は壁が崩れる様な笑い方をしていた。極夜の笑い声の裏に怒りの感情も混ざっている気がする。
喧嘩を売ってしまったのだから、当然の反応だと思うが……
光瑠は腰から暁月刀を抜き、戦闘の準備を始める。
「極夜!! お前を服従させてやる!!」
「かかってくるが良いぞ!!」
光瑠は最初は敬語を使って、下手に出ていたが、戦闘が始まると人が変わってしまったかの様に欲望に突き動かされていた。
極夜は二つの翼を大きく開いた瞬間、地面の花が一斉に凍りつく。
気温もだいぶ下がっている。極夜が寒さ耐性の魔法をかけてくれていなかったら、確実に死んでいる気温だ。
極夜は無数の氷の氷柱を出現させ、雨のように降らせてくる。
喧嘩を売ってしまったので、極夜も好戦的になっているみたいだ。
光瑠は湊みたいにあまり運動神経が良くないので、頭脳を生かして相手の癖や角度などを分析して氷柱を落ちてくる位置を先読みして避ける。
全ての攻撃を避け切った。
「すべての氷柱を避けるとは……大口叩いただけのことはあるみたいじゃな!」
極夜は感慨に打たれている様子だった。
「極夜!! 降りて来いよ!! 攻撃できないじゃないか!!」
「その要望に応えてやるぞ!!」
極夜は地面に向かって急降下し、着地する。
着地した衝撃で、地面に貼られていた氷がはじけるが、再び固まる。
「これで平等だ!! いくぜ極夜!!」
光瑠は極夜に接近を開始する。極夜は体を回転させ、尻尾で攻撃してくる。
光瑠は尻尾の下なら避けれると判断して潜る。
そして尻尾の方を振り向きながら、一太刀入れる。
ズボという鈍い音が響くが、尻尾は全く傷ついていない様子だ。
「なんで全く傷ついていないんだ!」
光瑠は悪態をつく。
「刀が折れなかった事を誇るのじゃぞ!」
己の立場が有利であることを知っている者の余裕の声音で言ってくる。
「何だよそれ!」
光瑠は自分の無力感を感じて、やる気がなくなり始めていた。
「わしを服従させるのではなかったのか!? さっきまでの威勢はどうしたんじゃ!」
極夜は光瑠を格下と判断したのか、挑発をしてくる。
光瑠は極夜の言葉に神経が張り裂けるような感覚に陥っていた。
「くそ!!」
光瑠は吐き捨てるように言葉を発して、極夜の猛攻を分析して避けながら的確に攻撃を当てていく。
刀の扱い方はゲームを参考にしているので、うまく扱えていると思う。
第三者から見たらどうかは分からないが……
「……はぁ……はぁ……こんなに攻撃してもダメなのかよ……」
普段こんなに動くことはないので、だいぶ息が上がっている。
「もう終わりではないじゃろうな!」
「そんな訳……ないだろ……」
そうは言ったもののここまで無傷だった極夜にダメージを与えられる策はもうない……
いや待てよ……まだ一つだけ方法が残されているかも……
その方法とは暁月刀の力を引き出す方法だ。
暁月刀は極夜の力を封じ込めるために作られた武器で、どんな寒さにも絶対に負けない強度を持っている。だから極夜に攻撃を何度当てても一切折れることはなかった。
他にも暁月刀はあらゆるものを凍らせる絶対氷結の能力があるらしい。
暁月刀は別名、月刀と呼ばれている。
これは光瑠の知識ではなくヴリナが言っていた事だ。
ヴリナは他にも暁月刀の力を最大限に発揮するには月に対するイメージ力が大切だと言っていた気がする。
光瑠はこの策にかけることにした。
「暁月刀! 俺に力をよこせ!」
光瑠は月の構造を強くイメージをする。
暁月刀は光瑠の願いに応えるかのように青白く輝き始めた。
「暁月刀の能力を引き出すとは……こやつなかなかやりおるぞ……全力で応えてやらねば……」
極夜が何かを言っていたが、必死に寒さに耐えている光瑠には聞こえなかった。
能力を引き出せたのはいいものの、手が寒さで火傷しそうな感覚になっていた。
「……くっ……冷たい……感覚が……」
極夜がブレスを放ってきたので、暁月刀をぶつける。
「暁月刀はこんなブレスに負けない!! オ……オオオオラァァァ!!」
光瑠は寒さを緩和するために叫び声を上げ、ブレスを全て吸収する。
「凍れぇぇぇ!!」
光瑠は暁月刀を地面に突き刺し、極夜の動きを封じた。
「……ぬぅ! 動けぬぞ……!」
「降参して俺に服従しろぉ!!」
「……わ、分かったから……この氷を解いてはくれぬか……主人よ」
やっと極夜が降参してくれた。光瑠はその場に崩れ落ちる。
極夜は暁月刀の中に入ってしまったようだ。
手の感覚はまだ残っている……よかった……
「……はぁ……はぁ……」
光瑠はしばらく休憩をしないと立つ事ができなかった。
「お疲れ様……」
不意に極夜ではない声が聞こえてきた。
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