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神前 愁と名乗ったその人は、うんと見上げるほど背が高くて兄よりずっと体が大きかった。
何か運動してるのか、ジムなんかで作った筋肉じゃなくて必要な筋肉が均等にキレイについているみたいで、あの腕の中は安心するだろうなと思う。
自販機にお金を入れると、神前さんがポンと押したボタンはいちごミルクだった。
母に「男の子だから甘いものは好きじゃないわよね」と言われてから甘いジュースはあまり飲めなくなってしまった僕は、僕よりもずっと体躯のいい年上の人が飲むものではないと思っていたから、ビックリした。
「ん?」
つり上がった目が少しだけ細くなって、優しく見えた。
「男の人はそんなの飲まないと思ってた」と言うと「甘いものが好きなやつなんてどこにでもいるさ」と笑う。
じゃなきゃここの自販機に入ってないだろ?と言う。確かに需要のない物の供給はする意味が無い。ここの自販機にあるのだからそれなりに売れているのだろう。
こっちにおいで、と神前さんの隣を指し示されて自分の分を慌てて買う。
男なんだからブラックコーヒーくらい飲めないとね、と言う母がお茶かコーヒーしか用意しない家の飲み物とは違って自販機には色とりどりのジュースが並んでいて、僕はいつも迷ってしまう。
好きなものを飲めば良いとは思うんだけど、結局は母の言う通りにお茶を選んでしまう。嫌いではないのだけど、好きなものを飲めるみんなが羨ましくなる。
「飲むか?」
隣に座った僕に差し出されるいちごミルクは、ささったストローからほんの少し甘い匂いをさせている。
フルフルと首を振ってお茶を飲む。
後数ヶ月もすればバイトもできるし、そんなに母の言葉に縛られる事もないのに。
母の言う「男の子なんだから」というのは昔から言われてる事で、ぬいぐるみもレースもフリルも淡いピンク色もパステルカラーも全て取り上げられた。
男は男らしく、それが一番だと言う。
「固定観念の強いヤツだな」
ポンと頭に乗せられた大きな手は、思ったよりもずっと気持ちよくて、カーッと顔を火照らせてしまう。
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