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非常勤職員
私は以前とある公立博物館で数年間非常勤として働いていた。
今でいうブラック企業のような体質と制度で、なんとはなしに働いていたものの辛かったのはよく覚えている。女性の、しかも非常勤となれば雑務を押し付けられセクハラを受け、やりたい仕事はさせて貰えない劣悪な環境だったと思う。
それでも当時はようやっとなりたかった職に近づけて、プロの仕事に触れられ学びも多く充実していた。だからプラマイゼロなんじゃないかと思う。
むしろ嫌だったのはお茶くみでもおじさん上司のデリカシーに欠けた発言でもなく、度々起きる怪現象だった。
博物館は多数の収蔵品を管理・保管・展示する場所。正規の学芸員を中心として昔の私のような非常勤職員がサポートする。
その博物館の収蔵品の中で皆が手をつけたがらなかったものがいくつかあった。
たとえば中国・宋の時代に作られた刀剣類。
実際に戦場で使われたとされる内1本には柄に巻かれた青い装飾布にべっとり酸化した血痕が残っている。
この剣の調査をしたりむやみに外部に運んだりすると、数日中に大きな怪我をすると言われていた。私も同僚も先輩から話を聞いただけなので真偽は定かじゃないが……。
それより怖かったのがある企画展を開いた時のこと。
普段から世界中の民俗文化を収集、展示していてその時はアフリカの文化を特集することになった。
私も学芸員の先輩達の指示で収蔵品の中から展示に適した品をリストアップしたり、倉庫から運び出したりと大忙しだった。先輩達はもっと忙しそうで開催一ヶ月前からは毎日のように職員室に泊まり込んでいた。
いよいよ開催前日。
企画展準備のため博物館は休館日で、職員総出の急ピッチで展示品のセットが始まった。
午後に差し掛かる頃にはあらかた展示できた。
一息ついてみんなでお昼休憩をしていた時。
ガシャン、バン!
展示室の方から物が落ちて壊れる音がした。
貴重な品に何かあったら大事だ、と全員が食べかけの弁当を放置して展示室まで走った。
異変のあった場所はアフリカ民族伝統の仮面をまとめて展示したエリアだった。木や骨を加工して木の実や絵の具で装飾されたエキゾチックの塊。苦手な人には不気味に見えるだろう。
しかし、落下していたのはその上、天井の照明だった。固定レールに取り付けた物で可動式だが簡単に外れるものでは無いはず。
不思議に思ったが一先ず展示品が無事で良かったと、安堵した先輩達は私に割れた照明の後片付けを命じた。素直に従った。
私は用具室までほうきとちりとりを取りに行った。
素早く帰ってきたら、壁に綺麗に整列して展示された仮面が1枚を残して全て床に落ちていた。
慌てて品に駆け寄ったが、それぞれ落ちた仮面には縦に太い亀裂が生じていて今にも真っ二つに割れそうだった。
全ての仮面は丈夫なテグスで3箇所を引っ掛けるように壁に固定していた。その3本のテグスは落ちた仮面では完全に切れていた。
残った唯一の仮面。それだけはテグスも切れず悠然と壁に着いたまま弧を描く目口で笑っている。
その仮面はある部族が討ち取った敵の頭蓋骨を加工して作った強い魔除けの力を持つという品だった。
食事を再開していた先輩や同僚を呼んで説明したら、意外にもすんなり信じて貰えた。
実は過去に同様の企画展を開催した時、収蔵したばかりのこの仮面を展示したところ、開催初日2日目と連続して、仮面を鑑賞していたお客さんが吐血して倒れたという。
収蔵したのはその当時から20年前。
仮面が作られたのは、19世紀末といわれている。
呪力に国境も時の流れも関係ないんだなと痛感した思い出だ。
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