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ここにはいろんな人が集まって、この小閲覧室だけでなく、帝室図書館のあちこちでいろんな話をしている。なのに、その声も人々の存在感も霞のように消えて、感じられなくなってしまう。まるでここにいるのが、あの男とわたしのふたりだけのように。
いやだ、こんな感じ。気持ち悪い。
これ以上、我慢していたくない。
「こ、ここは少し暑いわね。わたくし、少し外の風にあたってきますわ」
わたしはソファーから立ち上がった。
「あらまあ、公女さま。ご気分がすぐれないのですか? 侍女の方をおよびしましょうか」
「いいえ、大丈夫です。そのあたりでちょっと風にあたるだけですわ」
ナタリアは、子爵令嬢と一緒に、グランマーレから取り寄せた最新のグラビア誌を開き、最新流行の分析に夢中のようだ。邪魔はしたくない。
「心配はいりませんわ、ここはセルゲイ大宮殿の中ですもの。わたくしにとっては、自宅の庭のようなものよ」
オルゲイ夫人の気遣いも断り、わたしはそそくさと小閲覧室を出た。
閲覧室の扉を抜ける瞬間まで、あの男の視線が全身に絡みついてくるようだった。
短い廊下と大閲覧室を足早に抜け、図書館の玄関へ向かう。
いつもの優雅さもなく、険しい表情のわたしを、すれ違う人々は驚いた様子で見ていた。
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