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「いやあ、百合子嬢の美貌は、つとに知られておりますからな! その美しさがあれば、嫁入り道具など必要ない、ということでしょうな」
とは、縁談を仲介してくれた酒井子爵の言葉だ。
たしかに百合子は美しい。ほっそりとしたうりざね顔に、潤んだような大きな瞳。しみひとつない白い肌と、弓なりに弧を描く細い眉は、百合子の自慢の種だ。紅い唇はややぽってりとして、大好きな陶器人形を胸に抱いてこくびを傾げる様子は、少女雑誌の抒情画から抜け出してきたかのようだ。
ところが当の百合子が、この縁談に絶対に首を縦に振らない。
「えぇー、いやです、そんなお方! 第一、伯爵さまは百合子より一〇歳(とお)も年上だというじゃありませんの」
――そういうあなただって、もう二十一。そろそろ焦らなくちゃいけないお歳でしょ。
百合子の泣き言を漏れ聞くたびに、小夜子は冷ややかに思った。
女学校の在学中に婚約が調い、卒業を待たずに中退して輿入れ、というのが華族令嬢の花道とされている。
それに、一〇歳くらい歳の離れた夫婦なんて、珍しくもない。
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