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「でもねえ、百合子。あちらはご立派な伯爵さまですよ。我が恩田家の主家筋にもあたるお家柄で……」
「それでも、自分の妻を殺してお家(いえ)を乗っ取った、悪辣非道な男なのでしょ! いやあぁ、怖ぁいぃー!」
――ああ、もう!
百合子は、赤新聞に連載されているような、低俗な実録小説の読みすぎだ。
第二代黒川伯爵が婿養子として爵位を継いだのも、結婚半年後に妻の詩子(うたこ)伯爵夫人が事故死してしまったのも、新聞報道された事実だ。しかしそれが彼が妻を殺したからだなんて、莫迦ばかしいにもほどがある。
もしもそんなことがあったなら、伯爵はとっくに警察に捕まっているはずだ。
なんといっても、今は大正の御代(みよ)。いかに特権階級の華族とはいえ、罪を犯せば罰せられる。「切り捨て御免」の旧幕時代とは違うのだ。
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