伯爵家の花嫁

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「でもせめて、一度くらい伯爵さまにお会いしてから……」 「いや、いやですわ! ひどいわ、お母さまはわたくしに、そんな悪鬼のような男に顔をさらせとおっしゃるのね!?」  ――その「悪鬼のような男」からの援助がなければ、あなたが着ているきれいな振袖も半襟も、今朝のお味噌汁に入っていたお豆腐だって買えやしなかったのよ、百合子さん。  ねぎと、お新香の茄子は、裏庭の畑でわたしが育てたものだけど、と、小夜子はちょっと皮肉っぽく笑った。  きゅっとつぐんだ口元に笑みが浮かぶと、硬く思いつめた表情がやわらぎ、黒い瞳がいたずらっぽくきらめく。  丸く愛らしい頬には化粧っ気もなく、髪もひっつめて三つ編みにしただけ。二十一という年齢よりも子供っぽく見える。  地味な絣の着物に縞の昼夜帯。継ぎの当たった前掛け。ちょっと気の利いた家なら、下働きの女中にだってこんな粗末な恰好はさせないだろう。  だがどんなやつれた身なりをしていても、小夜子の、この生き生きとした力に満ちる瞳は、見る者を惹きつけて離さない。小さな花びらのような唇からどんな言葉がこぼれるのか、是が非でも聞いてみたいと思わせるのだ。
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