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しかも、もう一方の当事者である黒川伯爵も、花嫁が代わることに何の異存もないという。
「実は、さきほど小夜子さんが出してくれた漬物が、あまりに美味しかったものですから。こんなに旨い漬物を毎日食べられたら、さぞ幸せだろうな、と」
拝島公爵から、両家の間を取り持ってほしいと頼まれていた子爵夫妻としては、まさに渡りに船だった。
「ち、ちょっとお待ちください、伯爵さま! その娘は、女中の子です。卑しい生まれの庶子ですのよ!」
華子は必死に食い下がろうとした。
「ええ、知っています。小夜子さんはすべて話してくれました。そうした正直さも、得難い魅力だと僕は思います」
「そんな、あの、もう少しよくお考えになって、伯爵さま。うちの百合子をよくご覧くださいましな。ほら、こんなに可憐で愛らしくって。百合子にまさる娘が、どこにおりまして!?」
百合子も、黒川伯爵を見るやいなや、ぽっと頬を染め、いきなり目をぱちぱちと瞬かせて、身をくねらせて伯爵にすり寄ろうとし始めた。
「あらまあ、ねえ、伯爵さま? いやぁだ、わたくしってば。うふふふふっ」
だが伯爵の視界には、もう百合子の姿など入ってもいない。その理知的で優しい視線は、しっかりと小夜子だけを捉えていた。
母娘そろって何を言おうとも、伯爵と小夜子の結婚を止めることはできなかった。
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