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確かに恩田邸の台所には、最新式の瓦斯コンロが設置されている。だが、使われた形跡はほとんどない。
日々の炊事は、コンロの隣に残された古いかまどを使っていた。
かまどで燃やす小枝や枯葉なら、少し離れた雑木林や畑などで集めてくることができる。けれど都市瓦斯は、料金を支払えない家には供給してくれないのだ。
「なんなの。何か言いたいことがあるの!?」
「いいえ、別に」
小夜子は口を閉ざし、目を伏せた。
恩田男爵家の暮らしは、一事が万事、この調子だ。
現在、恩田家の収入源は、他人に貸している小さな家作からあがる家賃だけだ。それでも母娘ふたりで倹約し、慎ましく暮らしていれば、何とかやっていけるだろう。
だがそんな地道な生活は、華子の理想とする華族の日々とは程遠い。いや、けして許されない。
初代恩田男爵が帝都郊外に建てたこの屋敷も、当初はスレート葺きの三角屋根やステンドグラスが飾られた玄関ドアなど、それはそれは美しかった。だが今は手入れも行き届かず、あちこち傷みがひどくなる一方だ。
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