伯爵家の花嫁

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 男爵家ともなれば住み込みの女中の二、三人もいそうなものだが、恩田家にはそんな余裕はない。日々の家事はすべて小夜子の役目だ。  その上令嬢の百合子は女学院を卒業しても、花嫁修業という名目で毎日ぶらぶら遊んでばかり。華子はこれこそ華族令夫人の務めとばかり、昼食会だ茶話会だと、同じ階級の夫人たちを招いての社交行事に余念がない。  そのもてなしのため、出入りの八百屋や魚屋、酒屋につけを頼んで頭を下げまくり、どうしても足りない分は裏の畑を耕して、と、必死に家計をやりくりするのは、結局、小夜子なのだ。  見栄っ張りで、外面はきれいに整っているけれど、恩田家の内情はいつも火の車。借金ばかりが増えていく。  本来ならこの邸宅も、第三代男爵となった陸也とその生母である二美が暮らすべきなのだ。それを華子は、女中に手をつけた夫の不貞を許さず、身ごもった二美を追い出した。  二代男爵が死去した時も、ほかに男子がなかったため、親類縁者が奔走して妾腹の陸也に爵位を相続させたものの、華子は陸也の母である二美に、夫の葬儀に出席することを許さなかったのだ。  現在、陸也と二美は、二美の生まれ育った千駄ヶ谷の小さな貸間で、ひっそりと暮らしている。
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