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華族では、爵位を継ぐ男子が早々に親もとを離れ、家庭教師や使用人に囲まれて生活するというのは珍しくない。だが華子は、陸也と二美にろくに仕送りすらしていない。二美が仕立物の仕事をして日銭を稼いでいるが、やはり生活はそうとう苦しいらしい。
小夜子は華子たちの目を盗み、時々、裏庭で栽培した野菜などを二美たちに届けていた。
――二美さん、大丈夫かしら。この前もひどく咳き込んでいたし……。
百合子のたんすにぎっしり詰まっている帯や振袖の二、三枚も売れば、二美と陸也が一年は無事に暮らしていけるだけの金になるだろうに。
それだけではない。百合子は舶来の陶器人形が大好きで、部屋中にずらりと何十体も並べて飾っている。
小夜子はああいった人形の硝子の目や無表情な顔がどうも苦手なのだが、百合子はそれらの人形を自分の子供、いや分身のようにかわいがっている。次から次へと新しい人形を買い、人形のためのドレスや小物を買いそろえるのにも、人間の子供ひとりを育てる以上の金を浪費していた。
――そのお金があれば、二美さんたちがもっとまともな暮らしができるのに。陸くんだって学習院に通えるのに……!
この分では、華族としての品格が保てないからと、恩田男爵家が礼遇停止になるのも、そう遠くはないかもしれない。
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