伯爵家の花嫁

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 とりたてて財産もないまま特権階級の一員となった恩田家は、華族の体面を保つだけでも一苦労だった。  そのうえ、第二代男爵は商才もないのにいろいろな事業に手を出したがり、ことごとく失敗した。残ったのは、借金ばかりだった。  そんな恩田家をずっと援助し続けてくれたのが、かつての主家である黒川伯爵家だったのだ。  初代黒川伯爵は、後継者たる男子には恵まれなかったものの、親類縁者の中からもっとも優秀な若者を選びだし、一人娘の婿に迎えた。  娘婿として爵位を継いだ黒川周(あまね)は、初代から受け継いだ事業を堅実に運営し、さらに発展させた。現在、黒川伯爵は紡績、鉄鋼など複数の工場を経営する中堅財閥の総帥だ。  ――それほどのお方に望まれたら、のち添えだろうと何だろうと、普通は大喜びでお嫁に行くものじゃない?  恩田男爵令嬢の百合子に黒川伯爵との縁談が持ち込まれたのは、ひと月ほど前のこと。  持参金などなくて良い、それどころか、結納金代わりにこれまでの借金をすべて帳消しにしようという、破格の条件だった。
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