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「俺は一度、島波神社の演武を見たことがある」
安達はぽりぽりと顎をかいた。
「だからおまえが違うってのはわかる。おまえの技術は高い。たぶん精神的にも相当強い。でないとあの空気にはならないよな。それなのに、舞台に上がってないおまえは頼りなくてフラフラしてて同一人物とは思えなかった」
安達は思い出して笑った。「今でもそれは変わらないな。どこでスイッチが入るんだろう?」
瑞輝は黙って武道場の入口の方を見た。人の声がして何人か入ってくるのがわかる。
安達も同じ方向を見た。そして立ち上がる。「来たな」
「お、先生も来てた。悪ぃな。ちょっと遅れたか?」
章吾が壁の時計を見ながら入って来た。後ろから百地とその仲間たち四人が入ってくる。
「時間通りです」瑞輝は答え、立ち上がって木刀を壁に立てかけた。百地が睨みつけてくるのを無視して、後ろの誰が俺の相手なんだろうと考える。できれば、あの巨漢じゃない方がいいけど。
「言っておくが、これは決闘じゃないぞ」安達が全員に言った。「ルールのある勝負だ。相手が降参してからの攻撃は失格。それから相手に怪我を負わすのもルール違反だ。そして武器は使わない。手助けもしない。いいな」
「オーケイ、オーケイ」章吾が言って、瑞輝は彼を見た。伊藤さんみたいだ。
「で、入間の相手は誰だ」安達が四人を見比べた。
「センセー」百地が首を斜めにしながら言った。「なんで女のことにセンセーが口出すんだよ。納得いかねぇな」
そうだそうだと取り巻きが言う。
安達は腕組みをして四人を見た。「入間が無茶しないように止めるためだ」
「だいたい、おまえらだって四人も五人も集まって、一人の女の子に絡むのもおかしいだろうが」章吾が言う。それを聞いて百地が顎を突き出し、四人が口々に文句を垂れる。
瑞輝は黙って話が終わるのを待っていた。対戦相手はわかった。真ん中にいてチラチラと何回も俺を見てくる四角い顔の奴。骨太そうだが、猫背だ。眉は細く剃ってあって気持ち悪い。確かにユアの趣味じゃない。
「百地さん」
話が揉めているようなので、瑞輝は小さく手を挙げた。
「んあ?」と百地と章吾はほとんど同時に瑞輝を睨んだ。安達もこちらを見る。
「百地さんのお父さんに、俺の知り合いから渡して欲しいって頼まれたものがあって」
「何だ」百地は警戒しながら瑞輝が出した何枚かの名刺を見た。そしてその名前をじっと見る。「何だこれ。どういう意味だ」
安達たちも名刺を覗き込んだ。
「国会議員」安達は思わず読み上げた。「知り合い?」
瑞輝は肩をすくめた。知り合いっていうか、クライアント。とは言わずに黙っておく。ややこしくなるから。
「親父を選挙で落とすぞって脅迫してんのか、おまえ」
百地が顔を赤くして睨む。
瑞輝は服を掴まれたり殴られたりしたくなかったので、一歩後ろに下がる。
「頼まれたから、渡してるだけです。向こうもそれしか言わないし、俺も何も言ってない。押し付けられて、渡しておけって言われただけで。意味が知りたかったら連絡してみたらいいでしょ、連絡先書いてあるんだから」
百地はムッとしたまま、名刺を睨みつけた。
「その人と話をしても?」
瑞輝は四角い顔の三年生を指差した。
百地は名刺から目を上げ、取り巻きを振り返ってから、瑞輝を見た。
「俺は帰る」
「えっ」取り巻きたちが動揺したが、百地は瑞輝を睨んだまま名刺をポケットに入れると、くるりと踵を返した。
「たかが女の取り合いだろ。自分で決着をつけろ」
そう言って出て行く百地を見送りながら、章吾は笑みを浮かべた。面白くなってきた。安達も同じようにニヤニヤしている。どうしたらいいかわからなくなった取り巻きたちは、何となく百地について出て行こうとしている。一人、四角い顔の生徒が残される。
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