■ 清 明 ■

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 黒岩神社は伊吹山という標高六百メートルほどの山の上にある神社だ。元は山岳信仰を土台にしており、江戸時代に山の頂上付近にある巨岩に大蛇が封じられたという記録がある。それ以来、その巨岩を奉る形で存在している。大蛇の生命力が宿るとして、当初は不老長寿のご利益があるとか、病気を治してくれるとかのいい話もあったようだが、黒岩神社の大蛇は力が強すぎるようで、病気は治ってもろくな死に方をしないとか、本人は願い通りに若返ったが、伴侶が早死にするなど、不幸も呼ぶと恐れられるようになり、今ではご利益を求めるというよりは、神様に静かに眠っていただくために神社があると言っても過言ではない。  そのため、黒岩神社の神事は派手な祭りの形式を取らず、ひっそりと地味に行われる。氏子と呼べる町民もおらず、どちらかというと黒岩神社の関係者は神に人質に取られた生け贄的な見方さえされる。そのため、神社を守って来た入間家への周りの評価は悪くない。みんなが嫌がる仕事を請け負ってくれている、言わば町の影のヒーローだ。  十五年前、生後一ヶ月で瑞輝は神社に預けられた。明るい琥珀色の髪に、右目だけが同じような茶色、そして右腕に赤くて細い螺旋状の痣という明らかに外見的な差異を持ち、癇が強く育てにくい赤ん坊は、瑞輝の本来の家族にとっても「厄介なお荷物」だった。双子で生まれた弟に悪い影響を与えると占い師や祈祷師に言われ、両親は藁にもすがる思いで、赤ん坊を祈祷師に紹介された黒岩神社に連れて来た。宮司をしていた晋太郎の父、入間喜久男は事情を聞いて赤ん坊を預かることにした。それからおそらくはいろいろあったのだろうが、しばらくして入間家は瑞輝を正式に養子とし、既に大学生だった晋太郎は目が飛び出るほど驚いたのだった。この年になって弟ができるとは。  そして瑞輝が九歳の時に父が死に、以来、晋太郎と母、政子が親代わりで育ててきた。  父、入間喜久男は息子の晋太郎が言うのも何だが、けっこう変な人だった。黒岩神社の仕事よりも外に呼ばれて他の神社の神事に行く事が多く、晋太郎も子どもの頃はそれが普通だと思っていたが、晋太郎自身が宮司となった今ではそうじゃないとわかる。  父は何をしていたのか。未だにそれはよくわからない。でもたぶん、今瑞輝がやっているようなことをやっていたのだろうとは思う。なぜなら、父は生前、熱心に瑞輝にいろいろなことを仕込んでいたからだ。父は「瑞輝には龍が棲んでいる」と言い、いずれ必要になるであろう剣術や柔術を瑞輝が歩き出す頃から教えていた。瑞輝は毎日、おやつを獲得しようと、あるいは遊び相手を求めて父に戦いを挑んでいた。それが父なりの教育だろうと晋太郎も思っていたのだが、どうやら違ったらしい。  十年後に龍を覚醒させた瑞輝は突然思い出すことになる。どうすれば龍を封印できるのか、あるいは以前から感じていた自然から受ける力をどうすれば扱えるようになるのか。全てを『入間のじいちゃん』に教わっていたということに気づく。  そうやって瑞輝の龍気が覚醒するにつれ、遠く離れて暮らしていた双子の弟にも影響を与えることになる。本来一つであるべきだった龍気が引き合い、強い磁力を持った瑞輝の方に流れようとした。瑞輝は不均衡なその力を、二人で分け合えば平衡にできると信じていた。双子なのだから、何でも半々にできるはずだ。  それが叶わなかったのが、二年前。
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