■ 長 月 ■

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 玄関で音がしたので、晋太郎は机の置き時計を見た。十時過ぎ。今日も遅いな。そう思いながら晋太郎は目の前の書類に目を戻した。  少しは気を使っているらしく、ゆっくり廊下を歩く音がする。手前の襖が開く。荷物を置いて、また襖が閉じる。廊下を戻り、台所に行って水を飲む。  金剛寺から連絡があって、夕食は向こうでごちそうになってきたらしいから腹は減ってないだろう。廊下を戻り、瑞輝の部屋の襖が開き、中でゴソゴソしてから襖が閉じ、風呂場に足音が向かう。いつもは五分もしないうちに出てくるのに、十分しても出て来ない。  あいつ、寝てるんじゃないだろうな。  晋太郎は部屋を出て、風呂場に行き、風呂場の引き戸を引いた。  瑞輝は思った通り、風呂釜の縁に顔をもたれさせかけて寝ている。 「こら」晋太郎は瑞輝の頭をはたいた。瑞輝が飛び起きる。「おまえ、そうやって授業中も寝てるんだろ」  そう言われて、瑞輝は晋太郎を睨んだ。 「うるせぇな、覗くんじゃねぇ」 「遅いから死んでんじゃないかと思ってな」  晋太郎は風呂場のドアを閉めた。まったく、相変わらずだな。  晋太郎が台所でインスタントコーヒーを淹れていると、瑞輝がやってきた。頭からタオルをかぶっている。まだ右目の傷は残っている。このまま一生残るのかもしれないなと晋太郎は思った。  もともと何かと噂されることの多い奴である。顔に傷なんてあると、何を言われるかわかったもんじゃない。晋太郎は心配だ。昔みたいに石を投げられたり、突き倒されたりはしないだろうが、陰口は聞こえるように言われるだろう。  瑞輝は水道水を飲み、晋太郎が飲んでいるホットコーヒーに目をやった。暑いのに熱いもの飲むなんて変だ。そう思ってるなと晋太郎は苦笑いした。  前にも一度瑞輝に言われたことがある。もっと瑞輝が小さい頃。大人の証拠だと言ったら、瑞輝は不思議そうな顔をしていたっけ。それからしばらく、瑞輝は熱いお茶を飲みたがったが、数回試して飽きたようでやめてしまった。 「傷は痛まないかって純さんが」晋太郎はコーヒーを飲みながら流しにもたれ、瑞輝を見た。  瑞輝はグラスを置き、いつもの睨みがちな目で見返す。いつもケンカ腰だ。晋太郎は胸の中でため息をつく。
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