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「中指姫とうまくいったのか」
泰造は伊吹山への道を愛車で走りながら瑞輝に声をかけた。伊吹山の手前の交差点、赤信号で停車する。瑞輝は不機嫌そうな顔はしているが、いつもよりは表情が明るい。うまくいったに決まっている。聞くまでもないが、一応聞いておく。
「おーい」と声がして、瑞輝がチラリと窓の外を見た。芝居がかって大きく腕を振る自転車の高校生が見える。その後ろにも二台の自転車がいて、彼らは手を振る高校生に付いてくる。ガードレールを挟んで少年は叫ぶ。
「瑞輝ぃ!」
「あれ、おまえの知り合いか」泰造が呆れながら言った。瑞輝はじっと窓の外を検分してから「知らない」と言った。
「嘘つけ。ほら、こっち来るぞ」泰造は助手席側の窓を見た。
「青に変わったぞ」瑞輝は前を向いたまま言った。
泰造は仕方なく車を出し、交差点を少し過ぎたところで路肩に車を止める。伊吹山への道は、ハッキリ言ってそれほど交通量は多くない。というかほとんど誰も通らない。
「なんで停めるんだよ」瑞輝が抗議する。
「おまえの友達が来てるだろうが」
「あんな奴」
「友達だろ? めっちゃくちゃ笑顔だぞ」泰造は助手席の窓を全開にし、自転車でやってきた少年を見た。可愛い顔をした健康そうな子だ。元気で何より。泰造は彼に笑顔を向けた。
「こんにちは。えっと…瑞輝のお兄さん?」翼は泰造を見た。
「違う。ただの町医者」
「え。瑞輝、病気なんですか」翼は顔色を変える。「あれ、怪我?」
「こいつが病気なんかすると思う? 健康、健康。どしたの? 瑞輝に用?」
「あ、そうそう、今、暇?」翼は瑞輝を見た。瑞輝はチラリと翼を見る。太陽が翼の向こうにあってまぶしい。そうじゃなくても、こいつはいっつも明るくて鬱陶しいほどだ。「これから二宮さんたちと合流して、ラウンドワン行くんだよ、おまえも行かない?」
「おお、いいな、行ってこい」泰造が言う。「今日は別に他に何も予定ないだろ」
「行かない」
「なんで」翼は口を尖らせる。そして後ろを見た。「俺の友達が嫌がるから?」
「わかってきたじゃないか」瑞輝は翼を見た。学習したんだな。
「大丈夫だって」翼は笑顔で言う。「二宮さんも喜ぶって」
「妖怪好きはいいだろうけど、二宮さんの友達が嫌がるだろ」
「大丈夫だって。お互い、知らない奴も呼んでるんだから。いいじゃん、別に」
「あのな、俺は別なんだよ。なんで毎回同じこと言わせるんだよ。おまえらは良くても、他の奴は嫌がるもんなの」
「俺の友達に文句つける奴は、俺の周りにはいない!」翼は断言する。
瑞輝はチラリと窓の向こうを見た。少し離れて待っている翼の友達を見る。目が合いそうになって、慌てて向こうが目を反らした。
「俺が嫌なんだ」瑞輝は翼に目を戻して言った。「俺がおまえの友達を嫌いなんだよ。悪いな」
「バカ瑞輝!」
子どものように翼が言って、横で聞いていた泰造も笑った。
「臆病者! 怖がってばっかで何もしないだけじゃないか! 俺の友達のせいにすんな! 出て来い!」
翼は自転車を置いて、助手席の窓から瑞輝の服を掴んだ。
隣で泰造が大笑いしている。
「おまえの負けだ、瑞輝、行って来い。もし嫌なことがあったら、俺のとこに来て愚痴を吐きに来い。な、行って来いって」
泰造に肩を叩かれて、瑞輝は顔をしかめた。翼の腕を振り払う。
「窓から出られるわけないだろ」と言うと、翼もパッと手を離した。
瑞輝は後部座席に置いた紙袋を見た。「アレ、どうしたらいい?」
泰造はチラリと紙袋を見て、ニヤリと笑った。「俺が代理で渡しておいてやろうか? 自分で渡すのが照れ臭かったら」
「自分で渡す」
そうだな、それがいい。泰造はうなずいた。「じゃ、帰りにうちに寄れ」
瑞輝が助手席のドアを開き、外に出る。笑顔の少年と、何かボソボソ話して、笑顔の少年が明るく言い、瑞輝が複雑そうな顔でうなずいている。
いい友達だな。泰造は車をUターンさせてからミラーで彼らを見た。
恋に友情。青春だ。羨ましい。
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