■ 清 明 ■

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 瑞輝は自分の意図に反して、弟の龍気を吸い取った。弟はそこで生命力も断たれる形で命を失われた。瑞輝の混乱と落胆は晋太郎もどうなることかと思うほどだったが、彼は何とか自力で立ち上がった。そして『龍清会』という晋太郎の父、入間喜久男も関わっていたらしい胡散臭い団体の依頼を受けて、やっかいな神事や絶えて久しい神事の復活なんかをやっている。  よくやるよなと晋太郎は思う。俺なら怖くてできない。  晋太郎は瑞輝のように厄祓いとか清めとかはできないが、何となく『嫌な空気』というのは感じる。瑞輝のすごいところは、それを『空気』と感じることだ。海流で海の色が微妙に変わるように、瑞輝には空気も風というか流れというか、そういうもので分かれて見えるらしいのだ。  本人が説明下手だからよくわからないが、どうやら瑞輝は『空気感』を時に視覚や触覚で感じているらしい。時々、道を歩いていて不意に何もないところを避けて通ったりするのはそのせいだろうし、逆に車がびゅんびゅん通る道を左右も見ずに渡ってしまうのは空気の切れ目みたいなものを通っているからなのだろうと思う。あくまでも予想だ。本人が説明できないから。  はっきり言って晋太郎は瑞輝に龍が棲んでいるとも思わないし、瑞輝が龍気を使っているとも思わない。龍清会が瑞輝を『黄龍』と呼んで龍気信仰の宗主にしたがっているが、瑞輝は龍じゃない、ただのバカだと思っている。  神様がただの色素欠乏症モザイク型とバカじゃ余りにもかわいそうだから、瑞輝に人より鋭敏な空気を読む力を授けただけだと思う。きっと他の人間にもある能力なのだ。俺たちはバカじゃないので、それを何となく本能で避けるが、瑞輝はバカなので避けずに突っ込む。だから手で払う力を与えたのだ。  活字を読んだり計算ができるはずの脳細胞が欠乏したので、空気を読み、空気を流す脳細胞が活性化しただけのこと。人間の脳にはまだまだ不可思議な部分があり、瑞輝はそれを体現しているに過ぎない。晋太郎はそう思う。  でも周りはそうでもない。龍気を信じている人は少なくない。瑞輝自身がどう思っているかは知らないが、少なくとも晋太郎の母、政子は信じているし、龍清会のメンバーは超本気で信じている。龍清会に依頼をしてくる神社の大半は瑞輝を黄龍だとあがめているし、黄龍に我が社の流れを見てもらいたい、良くしてもらいたいという大会社の社長、会長、そして選挙を占ってほしがる政治家も多い。参政権が何歳からかも知らない瑞輝に政治家が話を聞きにくる。  それが晋太郎には解せない。瑞輝も何度も龍清会の伊藤氏に、そういった政財界の人物と会食させられているが、相手の言っていることはほとんどわからないと言う。外国語みたいだったと言うようなガキに、彼らは一体何を相談するのか。しかも金を払って。  とはいえ、そのおかげで貧乏な黒岩神社が潤っていることは確かだ。父の死後、黒岩神社を管理している上の団体(これがつまり後に龍清会だったとわかったのだが)から毎月の給付があったので何とか生活はできていたが、決して豊かではなかった。瑞輝が龍清会の仕事をやるようになって、給付金が跳ね上がり、黒岩神社はどうしたらいいのかわからないぐらい資金潤沢になっている。とりあえず、ご神体の岩に捧げる供物は高級になったので、神様は喜んでいることだろう。  瑞輝は龍清会が用意した政財界の子息も通う名門私学を蹴って、自分で地元の公立高校を受験した。おまえが入れる高校などないわと晋太郎は思っていたのだが、何かの奇跡か、あるいは龍清会が手を回したかで、瑞輝は学区内で一番偏差値の低い高校に受かった。教科書を見て晋太郎はひっくり返りそうになったが、瑞輝にはピッタリだと思った。要するに中学の復習みたいな教科書だったのだ。勉強をすると意気込んでいる奴に水を差す事もないと思って黙っているが、中学時代にちゃんとやっていれば理解できてしかるべき内容である。  まぁまぁそれについては不問にしようと晋太郎も思う。瑞輝は小中学校時代は、割と波瀾万丈に生きてきた。これからもそうだろうが、特に中学時代は龍が覚醒したと言われ、精神的にも肉体的にも普通の思春期よりも大きく崩した。その上、弟の死や、弟の家族との関係など、揺れることが多すぎて集中できなかったのは否めない。ここからやり直すのもいいだろう。
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