■ 清 明 ■

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 謎は昼休みに解けた。  さっきはどうも、と三人の見覚えのある顔がクラスにやってきたからだ。よく見ると三人のうちの一人のカラーに学生章がついていてローマ数字の三があった。つまりは三年生。 「ちょっと来てくれるかな、話がある」と呼び出された。 「何でしょう」と瑞輝が言うと、彼らはいきり立った。しかし、つかみかかって来たりはしない。 「ここじゃ話せない。向こうでな」  瑞輝は首を振った。「今、弁当食ってるし」 「手伝ってやる」 「けっこうです」 「遠慮するな」一人が瑞輝の弁当箱を奪い取ろうとしたので、瑞輝は慌てて立ち上がった。 「わかりました、ちょっと待ってください」  瑞輝はまだ残っている弁当の蓋を閉め、包み直して鞄に入れた。後で食べよう。  そうして三人について行くと、四月の最初に学校ツアーで来て以来の武道場に連れて行かれた。瑞輝は思わず道場に入る前に礼をしかけたが、早く行けと前に押されて中途半端になった。道場の一番前には神棚がある。そっちにもできれば礼をしたかったが、そういう雰囲気じゃないらしい。目の前にはガタイのいいのが五人ほど待っている。道着は着てないが、おそらくは柔道部なんだろう。Tシャツに学生ズボンという『かかってこい』という格好をしている。 「おまえ、中学のときは柔道とかやってたんだってな」  瑞輝が靴箱に投げつけた三年生がニヤニヤ笑って前に立つ。残り二人が退路を断っているつもりだろう。 「柔道じゃないんですけど」  瑞輝はまたこの説明をしなくちゃいけないのかと嫌になった。 「柔道部に出入りしてたんだろ。先輩方が稽古つけてくれるってさ。ありがたくちょうだいしろよ」 「柔道はやってませんよ」瑞輝は繰り返した。「柔術なんで、ルールが違…」  構わず一人が近づいて来て、簡単に襟を取ろうとする。  瑞輝は学生服ぐらい脱がしてくれないのかと思ったが、しょうがないので軽く当て身を入れて入り身になって屈み、相手の出足をひょいと担ぐ。油断していたせいもあって、軽々と背の高い一人目は投げられた。さすがに受け身はうまいもので、とっさだったが彼は前回りに回った。柔道ならそこで負けだが、柔術は終わらない。瑞輝は相手が立ち上がって再び来るのかと思って構えたが、どうやらその気はなかったらしい。 「何だ今のは。あんなのは技じゃない」柔道部が怒鳴る。  瑞輝は残り四人を振り返った。「だから柔道のルールは知らないんです、俺は」 「うるさい」俺が投げてやるとばかりに、もう一人が来る。  瑞輝は説得を諦めた。しょうがないので、少しずつ後ろに逃げながら相手を誘い込み、一気に裏に入って捕り押さえる。もう投げるのはナシだ。手首をグイと捻って押さえると、相手はバンバンと床を叩いて『降参』を表現した。 「手首の関節技は反則だ!」柔道部が言う。  知らねぇって。  瑞輝は横からかかってきた相手の内に入って後ろから腕を回し、襟をつかむ。肘で相手の首をロックして後ろに倒す。グエェと相手は咳き込んだ。 「首締め! 殺す気か!」激怒している。  首もダメなのかよ。手首は使わなかったぞ、評価しろ、バカ野郎。  残り二人は足元に入ってスネを決めるのと、衣紋締めから鳩尾に軽く肘打ちをしたのだが、どちらも非難された。わかんねぇ。何が悪いんだ。  瑞輝は残りの柔道部ではないケンカ好きそうな三人が一気にかかってくるのを見て、壁際に逃げ、立てかけてあった剣道の竹刀を取った。それで三人のスネ打ちをしたら、そりゃもう阿鼻叫喚。  そんな強くやってねぇし。竹刀だし。木刀じゃねぇだろ。  瑞輝は困惑して立ち尽くした。あまりにもギャーギャー言うので、通りかかった体育教師が武道場を覗き、瑞輝を捕まえた。怒られたのは言うまでもない。
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