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「主人公の少年は、音楽の才能に恵まれていた。幼い頃は神童と呼ばれ、出場したピアノコンクールでは軒並み優勝をかっさらうほどの実力の持ち主だ。ピアニストへの道を着々と歩んでいたように見えた彼だったけれど、とあるコンクールに出場した時、はじめて優勝を逃した。彼を負かして優勝したのは、プロによる厳しいレッスンなどほとんど受けた経験のない、潜在能力だけで鍵盤を叩く素人同然の少年だった」
ライバル出現ってやつだ、と男は楽しそうに笑う。
「彼の絶望は、周りの人間には到底理解できないほど深かった。なぜなら彼は、彗星のごとく現れた少年の奏でるピアノの音色にひどく心惹かれてしまったから。僕もあの子のように弾きたい、どうすればあの子のような音が出せるのか……懸命にライバルの背中を追いかけたけれど、時が経てば経つほど、その差は開いていくばかりだった。やがて彼は自らの奏でる音楽に未来を見出せなくなり、ピアノ界から離れてしまう」
ありがちな展開だな、と思わず突っ込みそうになる。懸命にこらえて、オレは男の話に耳を傾けた。
「その後、紆余曲折を経て、彼はもう一度自らの音楽と向き合い、再びピアノの世界でがんばることを決意をした。けれどこの物語は、このままハッピーエンドには向かわない……ブランクを埋めるべく必死に鍵盤を叩いていた彼に、思いもよらない災厄が降りかかる」
真に迫る男の口調が、緊張した空気を連れてくる。オレは思わず生唾をのみ込んだ。
「高校生になっていた彼は、自転車での通学途上で事故に遭ってね……左腕の神経が傷つき、腕全体に麻痺が残る大怪我を負ってしまうんだ」
おもいきり顔をしかめたオレを見て、男はそれを待っていたかのようにニヤリと口角を上げた。
「さて、ここで問題。物語の主人公であるこの少年は、このあとどうなったでしょうか?」
は? とここでオレははじめて男の話に口を挟んだ。
「いきなりクイズかよ」
「ははっ、ごめんごめん。で、どうなったと思う?」
「どうって……」
バッドエンドも含めて三つほどパターンが浮かんだが、物語の展開としてもっともふさわしそうなものを選んで答える。
「なんらかの形で音楽に携わる仕事に就いた……とか」
おぉ、と男は嬉しそうに目を輝かせた。
「さすが、ほとんど正解だよ。彼はね、作曲家になったんだ」
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