One a quiet night three years ago

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 想定していなかった答えが返ってきて、オレは素直に驚いた。 「作曲家」 「そう、作曲家。左手は使えなくなっちゃったけど、右手や脳、内蔵機能には何ら問題のなかった彼は、一度諦めた音楽の道でこの先の人生を生きていくと決断した心を事故後も貫き通したんだよ。既存の名曲を奏でることは難しくても、右手一本でだって人の心を動かす音楽は作れる……そんな想いから、彼は得意なピアノを駆使して作曲活動を始めた。もともと才能に恵まれた子だったから、作曲の力も並み居るプロを唸らせるほどのものだった。やがて彼の曲をオーケストラやバンド用にアレンジしてくれる人や、歌詞をつけてくれる人などが続々と手を貸してくれるようになり、彼はプロの作曲家として花開くことになったんだ」  これにてハッピーエンド、と男は笑う。  確かにめでたしめでたしだが、なぜこの男はオレを相手に、突然こんな話をし始めたのか。 「人っていうのはね」  男が言った。 「どれほど底の深い絶望の中にいたとしても、生きてさえいれば、いつか必ず光の届く場所に戻ることができるんだ」  男の視線が、まっすぐオレに注がれる。オレはただ、その目を見つめ返すことしかできない。 「きみとお姉さんが今、どれほどの痛みを抱えているのかはわからない。それでも運がいいことに、きみもお姉さんも、この世界に生きている」  わかるよね、と男は言う。 「ふたりとも、きっと昔は自然に笑えていたはずだ。今はたまたま、そんな日々が途切れてしまっているだけのこと。だから絶対、諦めちゃダメだよ。きみたちはいつかまた、たくさんの光が降り注ぐ場所で笑い合うことができる。そして」  ふわりと柔らかく、男は笑った。 「ぼくらはみんな自由なんだ――きみは、きみが思うとおりの人生を生きればいい」  ね? と男は片目を瞑った。  自由、という短い言葉が、全身をぐるぐると巡り出す。
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