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「うそだろ」
中腰の体勢でガシッと男の両肩を掴み、派手に揺すって声を張る。
「おい! 起きろ! 死ぬんじゃねえッ!」
あの日の姉貴が頭を過る。真っ赤な湯船。真っ青な唇。
一瞬で呼吸を見失う。パニックになった。
どうする。どうすればいい。
どうすればオレは、この男を助けられる?
「……救急車」
そうだ。救急車。救急車を呼ばねぇと。
震える左手をパーカーのポケットに突っ込む。スマートフォンを引っ張り出して、電話のアイコンをタップした。
「一一〇……じゃねぇ、あれ……違う、救急だよ……救急って何番……!?」
汗が噴き出し、冷えた夜風に体温を奪われていく。血まみれの姉貴がちらついた。指先は震え、頭が真っ白になって、かけるべき電話番号をまるで思い出すことができない。
その時、誰かがスマホを握るオレの左手をぐっと掴んだ。はっと我に返ると、男がうっすらと目を開けていた。
「やめて」
ほとんど息だけで、男は言った。
「呼ばないで」
「は!? なに言ってんだよあんた!」
「お願い」
すると男は、とんでもない行動に出た。
「放っておいて――じゃなきゃ、きみの目の前で今すぐ死ぬよ」
羽織っていたモッズコートから取り出したのは、一本の折り畳み式ナイフ。
鋭い刃先を、男は自らの首に押し当てていた。
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