二人だけの世界より

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 相葉高生という高校二年生は問題児であった。この少年はやたらケンカっ早い。目に入るものすべてが攻撃対象とは言い過ぎであるが、気に入らないものには自分からぶつかっていくのだ。当然、周囲の人達からは乱暴者と見られていた。  だから、だ。  高生は、人前ではまっすぐ前を見ることをやめた。相手の目を見ない、目を合わせないものだから、ますます印象が悪くなる。  相楽涼子も高生の第一印象はまったくその通りだった。初めて高生のことを見知ったとき、怖い以外の言葉は心に湧いてこなかった。  ところが、だ。  些細な出来事で、涼子の高生への印象は変わった。高生が何か気に入らないものから目を背けたとき、涼子も何となく視線を動かし、そして二人は目を合わせてしまった。  そのときの高生は、なぜだか照れた顔をしていた。涼子には高生のその顔がとても可愛く見えたのだ。  すごく怖いと思っていた人が見せた意外な表情。それが魅力的なものに映ったのなら、一瞬で恋に落ちるには十分な理由だろう。  同じく、高生も自分に恋をした瞬間の涼子の顔を見てしまった。そして一目惚れだ。  これはずいぶん後になって涼子は知ったのだけれど、高生はそのとき一体何に恥ずかしがって何から目を背けのか? 実は目の前を歩いていた女子のスカートがふわりと風に浮かびそうになって慌てて目をそらしたのだそうだ。涼子は大笑いした。  涼子は高生と付き合って知った。  みんなは高生のことを乱暴者だと言うけれど、ホントは優しくて恥ずかしがり屋さんなのだ。  みんな勘違いをしている! 「高ちゃん。そんな誤解を解こうよ?」  みんなには自分の彼氏の本当の姿を知ってほしい、と涼子はいつも願っていた。  またその話か、と高生は顔をしかめた。 「涼子。俺と付き合ってるお前がそう思うのは当然だけどな」  うんうん、と涼子は首を縦に振った。 「ほっとけ」 「――るわけないでしょ!」  高生のつれない返事に涼子はむうっとふくれっ面になる。  涼子は制服の胸ポケットからスマホを取り出した。 「一枚撮っておこ?」 「またかよ。さっきも撮ったじゃん? つーか、涼子。ホント写真取るのが好きだな」  それが女心だからっていうのならお手上げだ。  渋々と高生は涼子と肩を並べた。 「写真を撮ることが好きなんじゃないの」  涼子はスマホのカメラを自分たちに向けた。 「二人だけの世界にいる私たちを写真に撮りたいの。だから写真をいっぱい撮るの」  涼子は付け加えるように聞いた。 「それで私って可愛いと思う?」 「なっ!?」  突然そんなことを聞かれて高生は顔を赤くした。  そりゃ、そう思うけどな――と高生が内心思ったその瞬間、パシャリとシャッター音がした。 「えへへ。うまく撮れた」 「おーい。はい、チーズの掛け声はどうした? たくっ。どう撮れたんだか。ちょっと見せてみろよ」 「ほい」  高生は涼子のスマホを受け取り、アルバム画面を眺めた。 「いま撮ったのは左上」  高生はスマホの画面を操作した。アルバム画面には写真がずらりと並ぶ。自分と涼子のツーショットの多さに驚いた。  すべての写真の中の自分がじっとこちらを見ていた。自分がカメラから目をそらしている写真は一枚もない。  良い顔してるじゃん、俺――と高生は素直に思った。 「その写真の高ちゃんを見て誰が乱暴者だって思う?」 「う、まあ」  高生は写真の中の自分をまじまじ見つめた。  俺、ニヤけてる?――としても、それはしょうがない。好きな女の子と肩を並べているのだから。 「この写真、誰かに見せるの?」 「ううん。それはやめとく」  じっと写真を見つめる高生の横顔を見て涼子は考えを変えた。 「その画面に並ぶ写真は、二人だけの世界にいる私たちの写真。私と高ちゃんだけが見ればいいの」  涼子は高生と腕を組んだ。 「私の好きな高ちゃん。こうして一緒にいればみんなわかってくれる。涼子は高生が優しいから好きになったんだねって」  高生はまっすぐ人を見ることが苦手だった。でも、涼子だけは初めて意識したときからまっすぐに見ることができた。  高生は自分の顔を涼子の顔に近づけた。  今は二人だけの写真が並ぶけど、涼子と一緒なら、いつか、きっと、たくさんの人がいる中でまっすぐ前を見ている俺と涼子の写真が並ぶのだ。  ふたりの唇が優しく重なった。 <終わり>
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