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「嘘でしょ」
貰ったチケットを手に座席に向かって、何度も印字された席番号と椅子の番号を見比べる。
何度か繰り返して、間違いないと判断すると同時に、落ち着かなくなった。
柊木さんに渡されたチケットは、1階席の中通路を挟んですぐの列、しかもど真ん中の席だった。
劇場というのは、中通路の後ろが少し高くなっていて、前の席とも詰まっていないぶん、視界が開けて一番見やすいと言われている。
リハーサル中の演出家はここから見てチェックし、指示を出すくらいだ。
母と一緒に観劇にいったとき何度か似たような席に座ったけれど、まわりは錚々たる芸術家や俳優ばかりで、ひどく肩身が狭かったのを覚えている。
「柚さん」
落ち着かない気持ちで俯いていると、声を掛けられ慌てて顔を上げた。
あまりに挙動不審だったからだろうか、見上げた先の佐々木さんは苦笑いを浮かべている。
「こんにちは」
「今日は、ありがとうございます」
「それは後で本人に伝えてあげてください。これ、渡してほしいと」
そう言って佐々木さんが差し出したのは、今日の公演のプログラムだった。
「いいんですか?」
「チケットもこれも、本人が用意したものですから」
「ありがとうございます」
「それも本人に。俺がお礼を言われたなんて、本人にバレたら怒られますから」
佐々木さんはそう言って、くすりと笑った。
「終演後、入口で待っています。楽屋にご案内するように、と言われているので」
「う……」
「くれぐれも黙って帰らないように」
「は、はい」
「責任問題になりますからね」
佐々木さんはそう念を押すと、ごゆっくり、と微笑んでロビーへと戻っていった。
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