9.何度でもコールバック

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一幕は、稽古場で読み合わせを聞いたから、話の流れはわかっていた。 それでも実際に舞台上に組まれたセット、照明や音響、衣裳やメイクが揃った状態の出演者……という要素が合わさると、まるで違うものだった。 物語は、柊木さん演じる医者が、人間の中にある善と悪の人格を分ける薬を作って、心の中の悪のみを取り除こうする話だ。だが薬の危険性を感じ取ったまわりの人々から人体実験を禁じられ、自分の体でその薬を試すことにする。実験には成功し、主人公は自らの善と悪を分けることができたが、二重人格者のようになった主人公は、やがて悪の人格を制御できなくなっていく……。 舞台上では、主人公の研究室や家、街並み、娼館などのセットが目まぐるしく入れ替わる。例えば研究室のセットが舞台の後方にすーっと下がっていって、舞台の両側から次のセットが半分ずつ出てきて真ん中でくっつくと、娼館が現れるーーーといった具合だ。これをすべて指示しているとは、我が父ながら、凄い仕事をしているものだと改めて感じた。 そしてその中で歌い、踊り、芝居をする柊木さんは、もう私の知っている普段の温和な柊木さんではなかった。 柊木さんは、主人公の善と悪の部分をひとりで演じるので、顔つきも歩き方も仕草も、場面によって変えていた。まるで二人の人間を自由に演じているかのようだった。 善の主人公には、心優しい婚約者がいて、二人は間もなく結婚式を控えている。 婚約者の女優さんは、稽古場で休憩中に話していた人だった。稽古着でも十分綺麗だったけれど、舞台上でドレスを纏った姿は比べ物にならないくらい美しい。 もっともその女優さんと並んでも引けを取らない柊木さんも、相当頭身が高いということなんだろうけど。 一方悪の人格になった主人公は娼館に出入りし、そこで出会った娼婦と関係を築いていくのだが……。
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