9.何度でもコールバック

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二幕はさらに怒濤の展開だった。 柊木さんが二重人格の主人公を演じ分けるスパンがどんどん短くなっていき、極め付けは曲のなかで人格が入れ替わっていくソロ。ワンフレーズごとに善の人格と悪の人格が交互に現れ、柊木さんは声質も表情も的確にころころ変えていく。 オーケストラの音楽がバックで盛り上がっていくなか、柊木さんが最後のワンフレーズを歌い上げる。客席は水を打ったように静まり返り、一瞬の沈黙ののち割れんばかりの拍手に包まれた。 結局、主人公は自らの悪を制御できなくなり人々に襲い掛かろうとしたところを、撃たれて殺されてしまった。死ぬ間際、善の心が戻ってきて、婚約者の腕の中でひっそりと息を引き取っていき、幕が下りた。 一通りカーテンコールが終わっても拍手は鳴り止まず、キャストが何度も舞台上に呼び込まれる。客席はスタンディングオベーションで熱狂に満ちていた。一方私は腰が抜けたように動けず、それでもひたすら拍手だけは送り続けていた。 最後、一人出てきた柊木さんが東京公演の感謝と大阪公演への決意を述べて終演した。舞台から捌ける間際、袖の手前で立ち止まった柊木さんは、充実感に満ちた表情で客席を見回す。 その最後に、目が合ったように感じたのは、きっと気のせいだ。 最後にちょうど客席の真ん中を見ただけ。舞台まで10列以上あるのに、その距離で目が合うわけがない。 そう思っているのに、最後に見せた柔らかい微笑みが、私に向けられているのではないかと錯覚してしまいそうだった。
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