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「いいんですか?」
「ん。スタッフさんの挨拶も兼ねてるから任せてる」
そう言いながら楽屋暖簾を外した柊木さんは、カラカラと引き戸を閉めた。各楽屋には扉があるけれど、なぜかその扉は閉めずかわりに暖簾を掛けることが多い。そしてその暖簾は、先輩が作って後輩に差し入れることが通例なのだという。柊木さんの楽屋暖簾も、澄んだ青い生地に大きく『柊木悠真さん江』と書かれた他、テレビでも見かける大物俳優の名前が入っていた。
「初めてメインキャストに抜擢されたときに貰ったんだ。お祝いで」
柊木さんは、大事に外した暖簾を差し出した。
私が受け取ってもいいのだろうか、と思いつつも、丁寧に畳んでスーツケースにしまう。
「専用の暖簾を貰ったら一人前だって、聞いたことがあります」
「そうだね。でも今思うと、暖簾をあげられるようになったらやっと一人前って感じかな」
「柊木さんから、みんな貰いたいんじゃないですか」
「まさか。まだまだ恐れ多いよ」
柊木さんは苦笑いしている。
でも舞台を観た限り、柊木さんに憧れている若手はきっといっぱいいる。そんな後輩に暖簾を配ったらみんな感激するだろう。
でも柊木さんはそんなこと思ってもいないようだ。
よいしょ、とロックしたスーツケースを立てて、他の段ボールも入り口の近くに運ぶ。
途中で柊木さんが受け取ろうとしたので、慌てて止めた。
女の子にやらせるなんて、と言うけれど、こちらからしたら怪我人に持たせるなんて、という気持ちだ。
でも、家電の入った段ボールは予想より重くて、持ち上げた瞬間にぐらりと体が傾いた。
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